2010年2月20日土曜日

滑らかなすべりは、間の取り方だ!

バンクーバー・オリンピックの男子フィギュアスケートで、高橋大輔が銅メダルを獲得し、日本中を湧かせた。大怪我から復帰して、五輪の舞台で表彰台に上ったのだから、本人の感激も大きかっただろう。かく言う私もフィギュアスケートは大好きなので、ショートプログラムもフリーもTVでじっくり見させてもらった。                                               

指の先まで想いが込められていた高橋選手のフリーの素晴らしい演技。例によってここに載せた画像は、毎日JPから拝借したものであることをお断りしておく。                    

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規定のショートプログラムを終えて4位につけた高橋大輔は、フリーの演技では懐かしいイタリア映画の名作「道」 (フェデリコ・フェリーニ監督、ザンパノ役にアンソニー・クイン、ジェルソミーナにジュリエッタ・マシーナ、音楽はニノ・ロータ)のテーマ曲に乗って滑走した。果敢にトライした4回転ジャンプには失敗したが、その後は立て直して素晴らしい滑りを見せたくれた。
フィギュアスケートの滑走技術については、私も詳しくはわからない。ジャンプにしても、アクセル・ルッツ・フリップ・ループ・サルコウ・トゥループ、etc...それに回転数が加わり、コンビネーションがあり、身体の前向き・後ろ向き、回転と逆回転があり、瞬時にこれらの演技を見分けるのは大変だなことだ。スピンやステップも何種類もあるから、これを取得する選手にも相当高度な技術が要求される。演技の採点は、これらの滑走技術を如何に正確にまたダイナミックに表現できたかを評価する技術点と、それらを限られた4分30秒の時間間中で、如何に美しくまた滑らかなつながりで表現できたかを評価する演技・構成点の2面から採点する。
フィギュアスケートの大きな要素は、滑走の技術もさることながら、どんなテーマの音楽に乗って滑り、観客にその演技を通じて、如何に゛自己の世界゛を表現できるかにかかっている。高橋大輔の選んだ「道」は、ニノ・ロータのトランペットに始まり、オーケストラの柔らかなストリングス(弦楽器)の音をベースに木琴の音も加わった情感溢れるサウンド世界だ。しかも、曲の構成は、イタリアン・バロック伝統の゛リトルネッロ゛形式。つまり、アレグロ / アダージョ / アレグロ(急 / 緩 / 急)と、テーマのメロディや速さの変化に富んでいる。この曲に乗って、高橋大輔は、転倒後のすべてのジャンプをきれいに決め、レイバックスピンやステップ・シークゥエンス(組み合わせ)も滑らかだった。特に、ひとつひとつの演技をつなぐ間の取り方は絶妙ですらあった。顔の表情や指の先までに込められた想いが観客に伝わってくる見事な演技だった。演技・構成点がトップの84,56だったから、本当に4回転ジャンプを成功させていたら、金メダルもあったかもしれないね!
対照的だったのは、ロシアのエフゲニー・プルシェンコ。金メダル候補ナンバー・ワンと言われながら、結果は銀メダルとなった。トリノ・オリンピックで金メダル獲得後引退し、3年間のブランクを経て復帰してだから、これも見事だと思うが、本番の演技はなぜかぎこちなかった。選曲は「タンゴ・アモーレ」、ストリングスにピアノを加えて、タンゴの情熱とリズムが伝わってくる小粋な曲だ。これも、緩 / 急 / 緩 / 急 とリズムの変化にメリハリがあってとてもいい。最初の4回転ジャンプを成功させ、流れに乗ったかに見えたが、その後のジャンプ・ステップ・スピンともに曲に乗れず、強引になんとか演技をまとめる場面がしばしば。演技をつなぐ間の取り方もプッチン・プッチンと切れている印象が目立った。演技を終えた本人の表情も晴れ晴れとしておらず、両拳を握り締めてのガッツポーズだった高橋大輔との違いがくっきりと出た。
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これまでの4回転ジャンプをすべて成功させ、「これからは4回転ジャンプがフィギュアの鍵だ!」と言ってきたプルシェンコ。単独の技の高度よりより、演技と演技をつなぐ滑らかさと、自己世界の表現=個性の表現がポイントであることを、あの荒川静香はトリノで実現して見せた。それを思い出してほしい。
4回転ジャンプを一度も飛ばずに王者になったエバン・ライザチェク(米)のは、ひとつひとつの演技を正確にかつダイナミックに表現し、そのつながりのスムースさが際立っていた。長身の体躯は、足も長い腕も長い。それを存分に開ききって、指先から足先まで神経が行き届いていた。間の取り方も滑らかで、見ていて気持ちがいい。テーマ曲は「シェヘラザード」、ストリングスのドラマチックな旋律に乗って、これも 急 / 緩 / 急 とメリハリのある構成で観客を酔わせた。情熱的で躍動感溢れる゛ライザチェックの世界゛を堪能させてくれる見事な演技だった。SPと合わせてノーミスというのも光っていた。
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 ライザチェクも数々の怪我や病気を乗り越えてきているが、ここ2年ほどは回転不足気味だったジャンプも安定し、成績も常時トップレベルに名を連ねている。パワー・ヨガのトレーニング効果もあったのだろう。

どんな曲を選ぶかはその選手の個性であり、コーチとの連携でその流れに乗って演技を構成していく。もちろん、高度な滑走技術の裏付けがあって初めてテーマ世界の表現が可能となるのだが、それ以上に大切なのは個々のの演技を正確にすることと、演技から演技へのつながり(間の取り方)を如何に滑らかに表現できるかだ。その集大成が、結果として゛自分の世界゛を表現することになる。
左利きのジョニー(ジョニー・ウィアー・米)はモデル経験もあるイケ面スケーター、映画「シティ・オブ・エンジェル」のテーマ曲に乗って芸術的に滑ったが、なぜか得点は伸びずに会場からはブーイングも(総合6位)。衣装とメイクではトップだったが、演技の間がいまひとつ淡白だった。

靴紐が切れるアクシデントで演技の中断を余儀なくされた織田信成は、「チャプリンの映画メドレー」がテーマ曲、そのコミカルな表現をベストの状態で見たかったが、惜しかったなぁ!(総合7位)
その他にも、個性の光る多くの選手が出場し、トップ争いは史上稀に見る激戦だった。見ていてもハラハラ・ワクワクする場面が続出で、今回のバンクーバー・オリンピックの男子フィギアスケートは大いに楽しめた。
私はその場面を見ながら、自分の音楽表現のことを考えていた。正確なギターのカッティングとコード演奏、パワフルな発声と歌のフレーズとフレーズをつなぐスムースな間の取り方、それらをベースにした思いを込めた曲世界のテーマ表現、それらを総合して自分にしか出来ない世界観の実現。パーフォマンスの方法に違いはあっても、演技(演奏)は究極の自己表現である、という命題を改めて感じさせてくれたオリンピックであった。

2010年2月7日日曜日

アダージョDマイナーと、アダージョGマイナー


フジテレビ系の人気時代劇シリーズ「剣客商売スペシャル 道場破り」が、2月5日(金)の夜に放映された。前作から2年ぶりだが、今回はゲストに中村梅雀(剣客・鷲巣見平助役)を迎え、食道ガンの手術を経て復帰した藤田まことが父の秋山小兵衛、息子の大二郎は山口馬木也、大二郎の妻三冬に寺島しのぶ、子兵衛の妻おはるに小林綾子など、レギュラー出演者たちがの顔ぶれが今回も揃った。
中村梅雀と藤田まことのやり取りがひょうひょうとしていて面白かった:産経ニュースエンタメより
話は、道場破りを繰り返す鷲巣見平助と秋山小兵衛がふとしたことで知り合い、二人は心を通わすのだが、やがて平助には、修行のために家を出て残した妻と娘があり、娘のしのぶに災難が降りかかっていることを知る。その解決ために、子兵衛と大二郎が剣をもって乗り出すのだが、平助は道場破りに恨みを持つ道場主と弟子たちに卑劣な手段で殺される。自分を助けるために小兵衛が渡してくれた金は、道場破りをしてためた賞金であったことを知り、しのぶは恨んでいた父を許すのだった...
橋爪功のナレーションは、相変わらず淡々とした語り口、金子成人の脚本もていねいで見せ場をうまく作っているし、秋山父子の剣捌きも力強く流れるように美しい。上質のワインを飲んでいるようなくつろぎ感が残る。このドラマを盛り上げているもうひとつの大事な要素が音楽で、篠原啓介(音楽担当)が織り込んでいるのはバロック音楽なのだ。今回もメインテーマに、マルチェルロ(Alessandro Marcello)の「オーボエ協奏曲ニ短調(Concerto D minor)の2-アダージョ・Dマイナー」を使い、その流麗でしみじみと心に響くメロディが、ドラマのラストシーンを盛り上げていた。また今回びっくりしたのは、平助としのぶの運命的な出会いの場面で、アルビノーニ(Tomaso Albinoni)の「アダージョ・Gマイナー(Adgio G minor)」が使われていたことだ。暗く重々しい通低音をベースに、劇的な感情の盛り上がりを呼び起こすこのメロディは、ご存知の方も多いと思うが、なかなか使い方が上手いと思う。

マルチェルロの「コンチェルト・アダージョDマイナー」は、オーボエのために作曲された曲なのだが、バロック・アンサンブルによって演奏されることが多い人気ナンバーだ。J.S.バッハは、この曲を原曲として、ワイマール時代(18世紀初め)に「協奏曲ニ短調BWV974」としてピアノ曲に編曲している。YouTubeを覗いてみたら、2曲ともラインアップされていたので、興味のある方は聞いてみてください。グレン・グールド(Glenn Gould)が素晴らしいピアノ演奏をしている。

「アダージョGマイナー」は、アルビノーニの名前が冠されてはいるが、実際はイタリアの音楽学者レモ・ジャッツォット(Remo Giazotto)の摸作によるもので、アルビノーニの残された楽譜の断片から作られたとというのは信じがたい。1950年にあるラジオ番組で紹介されてから、それ以後数々の録音や編曲の対象となったと聞くが、オーソン・ウェルズの映画「審判」の主題曲となったり、当時かわいいお人形さんのようだったフレンチ・POPSの歌手:フランス・ギャルが詞をつけて歌ったり、ずいぶんと話題になった曲ではある。私も、この曲はなかなかよく出来た曲とは思うが、アルビノーニ本人作の「アダージョDマイナー」の雰囲気と聞き比べていただけば、その違いはわかっていただけるものと思う。


私の大好きなアルビノーニのオーボエ協奏曲・アダージョDマイナー(Concerti  a cinque,Op.9-2 Adagio)もやはり、オーボエのために作られた曲だが、その優雅で流麗なメロディ、大胆な転調、リズムの柔軟性は、バロック音楽を代表する名曲だと思う。対位法の精緻さでは、同時代のA.ヴィバルディを凌駕しているだろう。オーボエのソロと他の楽器群(ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ・チェンバロなど)とのやり取りにより、呼応し合い・結合し合い・対話しあうアンサンブルの楽しさと素晴らしさを存分に聞かせてくれる。多くの合奏団のある中で、私はハインツ・ホリガー(Heinz Holliger)とイ・ムジチ(I Musici)合奏団の演奏が好きなのだが、YouTubeには、他の合奏団の演奏がピックアップされていたので、ここに紹介しておきたい。

左:マルチェルロのアダージョ Dマイナーが収められた CDジャケット / 右:ハインツ・ホリガーイ・ムジチによる、アルビノーニ・オーボエ・コンチェルトの CDジャケット
















●アレッサンドロ・マルチェルロ オーボエ・コンチェルト・Dマイナー、2-アダージョ、3-プレスト 演奏:イタリア合奏団

●レモ・ジャツォット アルビノーニのアダージョ・Gマイナー Copernicus Chamber Orchestra, Horst Sohm (conducting/Leitung)
https://www.youtube.com/watch?v=_eLU5W1vc8Y

●トマソ・アルビノーニ オーボエ・コンチェルト曲集9 2番1-アレグロ、2-アダージョ、3-アレグロ 演奏:Performed by Il Fondamento Directed by Paul Dombrecht, oboe
https://www.youtube.com/watch?v=LjgndGuy77o


2010年2月3日水曜日

ライブ写真は、なかなかむずかしい

     □月のライブ告知用に、タカ&タムタムのツーショットをミヤビンに撮ってもらいました Photo by Kuroki
      
アルカフェのショートライブへの出演も、すっかりお馴染みとなってしまった。この日(1/31)も、会場は出演者とお客とで満員御礼(といっても20数名!)、和やかな中にも熱気が溢れていた。今回私は、フルートのTamtamとのコラボで、4曲の演奏だった。Felicidade(幸せ)、The Shadow of Your Smile(いそしぎ)、Samba De Uma Nota Só(たった一つの音で出来たサンバ)、Insensatez(軽はずみ)。じっくりと歌って聞かせる曲が多かったせいか、私も曲に乗れて気持ちよく歌えた。Tamtamのフルートはこの夜冴えていた。合いの手やアドリブも反応がよく、活き活きとしていた。後で彼に聞いてみたら、「コラボの乗りの良さは、タカさんからの゛何か゛を受けた結果ですよ!」と言っていたので、私の気持ち良さがTamtamにも伝わっていたのかもしれない。
この夜の出演者の一人春田直樹君の歌は、皆の笑いを誘った。「3日間の帰郷」という曲で、久し振りに高知の田舎に里帰りした時のことを歌にしたものだが、大家族(8人兄弟!)の楽しさとわずらわしさがミックスして苦笑の連続であった。酔っ払いの親父を迎えに行ったり、母ちゃんからは小言を食い、兄貴にはお説教され、弟を捕まえて説教をし返し、妹には無視され...いやはや大変な3日間であったが、なんとなくほのぼのとしたものが伝わってくる、ショートストーリーのような歌だった。春田直樹君:左 Photo by TAKA
アルカフェに集う出演者たちは、プロもアマも様々だが、お客たちと音楽を楽しもうという点では一致している。じっくりと聴いてくれるし、拍手や声も飛ぶ。演奏を終わった後の交歓会も和やかで、色々講評したり、紹介しあったりで交流が楽しい。そんな中から、音楽の自己表現を通して、聴く人の心にどう届いて満足してもらえるかのヒントをいただくことも多い。
Nanamiさんのボサノヴァ・ライブが、すぐ近くのフーズバー・調布猫村であったので、電動チャリに乗って出かけてみた(1/29)。木のフローリングに靴を脱いで入る、くつろげる雰囲気のお店で、料理やお酒も美味しい。この夜は、歌師匠のRobson(ホプソン)さんのギター伴奏で、10数曲のボサノヴァ・スタンダード曲を彼女はしっとりと歌った。ホブソンさんはキャリオカ(Carioca:リオ・デ・ジャネイロ市出身の人)で、フルートやパーカッションもこなす多才なミュージシャン、愛用のエレ・アコからくり出す音色は、とても心地よいものだった。
たまたま、お店で夜遅くまで、Nanami さんとホブソン さんを囲んでボサノヴァ談義をすることが出来て大いに楽しかった。特に、トム・ジョビンのメロディの美しさについて、バロック音楽⇒バッハ⇒ヴィラ・ロボス⇒トム・ジョビンと言う系譜に魅かれていることを私が話すと、ホブソンは、「そうなんだよ~!!」と大いに頷いて同感してくれた。なんと、彼はヴィラ・ロボス音楽学校でフルートを学んだと言うではないか!! 今度は私自身がびっくりしてしまった。お店のギターを取りかえっこしながら、この曲・あの曲と弾き語りし合えたのは、私にとってもめったに体験できないとても貴重なものだった。これも、ボサ友Nanamiさんのライブに来て、久し振りに夜更かしした効用かも知れない。楽しい時間を経てお店を出たのは夜中の2時だった。
上:ホブソンさんのギターと、時折交じる゛くちトロンボーン゛に乗って、しっとりと思いを込めて歌うNanamiさん、澄んだ声のわりに曲のキーはやや低め。
下:歌っているときの表情を捕らえるのは結構むずかしい。彼女のデジカメでの撮影を頼まれ狙ってみたが、暗い照明と身体の動き、撮影場所の制約、等々で、満足いくショットはなかなか撮れないのが通常。でも、この夜は、彼女の歌う表情を少し撮れた気がする。 2枚とも Photo by TAKA