2009年7月29日水曜日

「海辺のカフカ」と「ある生涯の七つの場所」


訪問介護の仕事にキャンセルが出て、2時間の空き時間が生じ、本屋にふと入って平積みされた文庫本の中からこの本を手にしてしまった。結構部厚いし上・下だから時間つぶしには持って来いと思って読み始めたら、一気に読んでしまった。うん、かなり面白かった!
ハルキの小説は30代に夢中で読んだので、「風の歌を聴け」から始まって、「羊をめぐる冒険」、「ノルウェイの森」、「ダンス・ダンス・ダンス」など、とても親しい世界だ。彼の文体というか、言葉の比喩やセックスの描写、人間内部の不思議な心象世界を絵画的に表現する面白さや、夢体験のリアリティなど、ハルキのワンダー・ランド的要素があちこちに散りばめられていて楽しい。ただ、「アフターダーク」と話題の新刊「1Q84」はまだ読んでいないけれど。

主人公の15歳の少年田村カフカは、父の予言どおり、父を殺し、母を犯し、姉をも犯す(オイディプス的な話は、夢か現実か?)。私設図書館館長(実は別れた彼の母)佐伯さんとセックスした後、静かに泣く彼女を前に何を言えばいいのか判らない。

「言葉は時のくぼみの中で死んでしまっている。暗い火口湖の底に音もなく積もっている...」

ハルキのこんな表現に、ふ~ん、いいね! と思ってしまう。

しかし、物語を読み始めたとき、世界で一番タフな15歳の少年になろうとして家出し四国にやってきたカフカの話と、終戦直前の小学生のときに不思議な落雷事件で記憶と読み書き能力をを失ってしまった老人・ナカタさんの話が、一章毎交互に出てくる。始めてこういう構成の小説に出会うと大抵の人は混乱してしまう。私は昔、やはり大好きだった辻邦生の大河小説・「ある生涯の七つの場所」で同様の体験をしたので、はは~ん! と思い、初めから奇数章をまとめて読み、偶数章をまとめて読み、大団円のラストで二つの話を合わせて読んだ。実際に、闇の世界(あるいは、別世界)と現実の世界を結びつける<入り口の石>は、ナカタさんと佐伯さんが出会うことで星野青年の助けで発見され、カフカ少年の闇世界から実世界への復帰を可能にする重要なキーとなる。

もうひとつ、佐伯さんが19歳の少女のときに作ったという不思議な歌「海辺のカフカ」、物語ではこれが空前の大ヒットとなり、このヒットの最中に佐伯さんの恋人は、大学紛争で対立セクトの幹部と間違えられてバリケードの中で撲殺される。その歌詞をここに掲げることは遠慮するが、相当シュールで難解な内容なのにイメージの切り絵の様な不思議な力がある。とくに、きれいなメロディラインはシンプルな普通のコードなのに、リフレインの部分に不思議なコードが2つ登場する、というから、どんなコードなのか聴いてみたい気持ちをとってもそそられるよね!

概要をもっと知りたい人は、ITのホームページにも載っているから覗いてみてください。身体は女で意識と実生活は男の大島さんとか、カフカの姉と思しき美容師サクラとか、行方不明の猫ゴマとオシャレ猫ミミとか、カーネルサンダースとジョニーウォーカーさんとか、不思議で面白い人物(動物&物体)が次々に登場してくるのだ。


私事ではあるが、私とハルキさんとは細い糸で繫がっていた。脱サラして初めて構えた事務所は千駄ヶ谷の雑居ビルにあり、商品企画とキャラクター開発の会社を立ち上げて私は勢いに乗っていた。家も近くの一軒家を借りていたが、たまたま通う理容室がハルキさんと同じで、二人ともOUさんに散髪してもらっていた。゛昨日ハルキさんが見えましたよ゛、などと会話しながら、60年代のヒット曲をレコードでかけてもらい、うつらうつらとしながら髪を切ってもらうのが楽しみでいつもお世話になっていた。その頃、ハルキさんは、鳩の森神社近くのジャズバーを経営しながら、小説創作に励んでいた。神宮外苑のマラソンコースをジョギングする彼の姿を良く見かけた。今は、そのジャズバーも中華料理店変わり、ハルキさんは、海外にも多くのファンをもつで日本文学の第一人者となった。私は、今も嘱託で続けているマーケティングの会社が千駄ヶ谷の国立能楽堂そばにあり、相変わらずOHさんのヘアカットのお世話になっている。ハルキさんとはお互い話したことはない。ただ、それだけの話であるが、なんとなく親しみを感じ続けている。。

辻邦生の「ある生涯の七つの場所」は、全百編の各章が短編として自立しながら、昭和初期からの数十年間を親子孫三代に渡る「私」の物語として描いた長編小説。作者の15年の歳月をかけた華麗な現代史モザイク。ここで簡単にはとても紹介し難いが、少年(父)が憧れた美しい女性は次々と死に、また、ドイツ文学を学びドイツの大学村で暮らす私(子)は、地元の博識者たちの数奇な愛と死の物語に度々遭遇する。そして、スペイン内乱戦争に係わった闘士たちも戦後ヨーロッパ各地で次々と過去の仲間に殺され、パリで暮らす青年(孫)はそれらを目撃する。青年はエマニュエルという名の美しいフランス女性との愛と別離を経て、やがて日本に二人で帰ってくる。

七つの物語は、黄色の場所からの挿話、赤い場所からの挿話、というように名づけられ、緑いろ・橙いろ・藍いろ・青いろ・菫いろ、の七色に別けられている。これらの挿話が交互に登場し、時には連続して語られる。日本と西欧と米国を舞台にした壮大な愛の物語が縦糸で、過酷な歴史が横糸で、七色で織り上げられたタペストリーさながらの、複雑でなお艶やかな色の集積を作り出している。

各巻の表紙を飾るのは、松本俊介の挿絵で、最終巻の「神々の愛でし海」は秀作の<横浜風景>、これらを見るだけでも楽しい。

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