2022年2月23日水曜日

ロシアの闇は深い ××× ワリエワ・ドーピング違反を巡って(2022冬季五輪)

 


ジャンプの転倒が続いたFS演技終了後、茫然としてリンク外に戻ったワリエワに対し、エテリコーチが投げかけた
きつい叱責の言葉について、世界は震撼し多くの非難と少しの擁護(ロシア陣から)が飛び交った。IOCのバッハ会長から
も「自分たちの選手にこうも冷ややかな態度をとれるのか!」と、エテリコーチ批判が出された。画像はスポーツ紙から



カミラ・ワリエワ(女子シングル4位 ロ15歳)の冬季五輪の成績や、ドーピング違反については、国内外の多くのメ

ディアが連日伝えているので、ここに詳細を述べるのは控える。ワリエラの最終的なドーピング裁定は、五輪主催

者であるIOC(国際オリンピック委員会)と、WADA(世界アンチドーピング機関)、及びRUSADA(ロシア反ドー

ピング機関)による調査結果をもとに下されるが、それぞれの機関が裁定を巡ってCAS(スポーツ仲裁裁判所)に訴え

る(上告する)ことも認められている。今回の事実確認としては、ロシア選手権(昨年の12月25日、北京五輪代表選

考会を兼ねる)でRUSADAにより採取されたワリエワの検体が、スウェーデンの検査機関で今年の2月8日に陽性と判

定され、RUSADAがワリエラを五輪開催中に資格停止処分としたことに始まる。その後の経緯は迷走を続け、ワリ

エラ側の不服申し立て →RUSADAの資格停止処分解除 →フィギュア団体メダル授与延期 →資格処分解除に対し、

CASへのIOC・WADAの提訴 →16歳未満の要保護者である理由で、CASがワリエラの出場を容認、とすったもんだの

ゴタゴタ劇だった。

2013年世界陸上モスクワ大会と2014年ソチオリンピックの後、ロシアが国家ぐるみでドーピングを行っていたこと

が発覚し(ドイツのTVドキュメンタリーによる)、WADAはRUSADAの資格を停止し、IAAF(国際陸上競技連盟は)

RUSAF(ロシア陸上競技連盟)の資格を停止した。WADAの調査報告書によれば、ロシアの薬物検査不正は、モスクワ

研究所(非公式な尿体で検査)・ロシアスポーツ省役人(陽性者をクリーンと認定)・別の研究所での再分析(クリーンな

検体とすり替え)・連邦保安局<FSB>とエージェントによる検体すり替えや破棄...などと、驚くべき組織ぐるみの実態

が明らかになった(「図解、ロシアのドーピング問題、これまでの経緯」AFPBbbNEWS 2020.1.3参考)。 その後も

ロシアによる巧妙なドーピング検査不正が続けて発覚し、この結果、現在までロシアの国家としての競技参加は認めら

れていない(不正者に対する国際競技からの排除)。しかし、あいまいなIOCの裁定により個人としての(??)参加は認め

られて、OARやROC(ロシアオリンピック委員会)の名前で国際競技やオリンピックに出場している。度重なるドーピン

グ違反により、ロシアは゛札付きの゛違反国との認識が世界で共有されている。もっとも、ロシアだけでなく禁止薬物

摂取により、好成績やメダルを獲得しようとする選手が他国でも後を絶たないのも現状だ。由々しきことだが! ドーピ

ング国のプーチン大統領が、国賓として五輪開催国・中国を訪問することなどはもっての外なのだが、何故かIOC・バッ

ハ氏は何も咎めもしなかった。



四回転ジャンプ5本の着氷に金メダルを確信したのか? 金メダルに届かなかった結果を知り、号泣きしつつエテリ
コーチを「あなたは何もかも知っているくせに!」と誹り、コーチの手を振り払ったトゥルソワ。ロシアの闇の深さ
を垣間見た。


しかし、何故にそれ程してまで、禁止薬物の力を借りてメダルを取りに行くのか? 選手もコーチも競技団体・スポー

ツドクターもグルになってメダルを取りに来るのか? これを考える時に、ロシア特有の事情が透けて見えるし、メディ

アもそれを「ロシアの闇」として指摘しているのを散見する。以下、外国メディアの記者による署名記事(SNSのま

とめサイトなどではなく)を参考に、「不正をしようが何をしようが、メダルを取ったものが勝ちだ!」というロシア

事情を考えてみる。

オリンピック競技でメダルをとれば、特に金メダリストは゛国威を発揚した゛として国から多大な評価を受ける。多

額の表彰金が選手のみならず、コーチや関係者・選手育成機関・競技団体などにも与えられる。それのみならず、

メダリストは国の行政機関の要職に付くことが可能となるし(政府から採りたてられる)、地方や国の政治に携わる

ことも出来る。つまり、金メダリストは金の卵として、以後の経済的・社会的地位を約束されるのだ。また、各競

技団体においても、指導的立場に立ち、選手育成や各国際試合への出場決定などにも、多くの権限を持って影響力

を行使できる。かつてこの国のドーピング不正を告発した勇気あるスポーツ選手やRUSADAの検査機関所長は、゛ロ

シア国家体制に反逆したもの゛とのレッテルを張られ、命の危険から逃れるためにアメリカに亡命している。

エテリコーチの専制的な厳しい指導に耐えかねて、トゥルソワもコストロナイヤも一時はプルシェンコの元に逃れ、

新天地での指導をあおいだ。このニュースは驚きを持って世界中で大きな話題となったが、結局は2人ともエテリ

コーチと「サンボ70」(練習施設のリンクと若手育成機関)の元へ帰らざるを得なかった。絶大な権力と指導体制を

持つ彼女には逆らえなかったのだろう。フィギュアスケーターとしての未来を全部牛耳っているのだから。ただ、

ソトニコワ(ロシア初の女子シングル金メダリスト17歳)は、ソチ五輪以後競技会で表彰台に上がることも無く引退、

リプニツカヤ(ソチ団体金メダル15歳)は、五輪以後拒食症のため成績が振るわず引退。平昌金メダリストのザギト

ワ(15歳)は五輪以後、その年の世界選手権には優勝したがその後の競技会には出場せず、また銀メダリストのメド

ベージェワ(18歳)は、エテリコーチの元から離れオーサーコーチ(カ)に指導をあおいで、翌年の世界選手権3位に

留まったが、その後低迷し現在に至っている(競技生活を続けるかは?)。10代半ばで五輪メダリストとなったものの、

熟成し成長する選手生活を見ることも無くリンクから消えていく女子選手の累々とした屍を見る思いがする。そん

なトップ選手にもなれず消えていった女子選手も沢山いるのだろう。


今回のワリエラトーピング問題は、採定が出て決着するまでにはまだ年月を要するだろう。ここまで経緯をたどって

みて、私なりの解決策というか提案を最後に述べてみたい。

まず、「要保護者」というようなあいまいな資格ではなくして、フィギュア競技はあくまでシニア(大人)の競技とす

る。年齢も18歳以上にボーダーラインをしっかりと規定する。そして、アスリートとしての磨かれた技術・芸術的

表現・観客を楽しませる演技を見せてもらいたいと思う。スポーツの醍醐味というものはそういうものだ。若い女

子選手(男子も同じだが)は、ジュニア(18歳以下)のゾーンで競技をし、国際大会も五輪もそうしたらよいのだ。

そしてもうひとつ、ジャンプに片寄った採点基準を改め、もっと多彩なステップ・スピンの滑走表現のウェイトを

増やすことを推し進めてもらいたい。ミーシャ・ジー(現在振付師)やジェイソン・ブラウンの芸術性あふれる演技は

観客を魅了してやまない。カロリーナ・コストナーの様な円熟した演技をもっと見たいのだ。直線的な身体(過酷な

ウェイトトレーニングによる)の若い選手が、アクロバチックなジャンプをピョンピョン跳ぶのだけの演技を見せられ

るのは、もういい加減にしてほしいのだ。

そして、ワリエワ本人には何の恨みもないのだが、陽性裁定が決定した場合には本人に対し相応の資格停止期間を

課すべきだろう。これは、エテリコーチ以下のコーチ陣・曰く付きのスポーツドクター(薬物違反を仕込んで選手に

盛った前科二犯)に対しても、厳しい裁定(資格停止)が下されるべきだ。やはり、例外を設けてはならない。他のアス

リートたち、禁止薬物など目もくれずにコーチたちとともに努力し練習している選手たちにも、違反者には厳正な

処置が課せられることこそ、ドーピングに手を染める抑止力となるだろうから。

今回CASの裁定は、IOCナンバー2にしてCAS理事会会長を務めるジョン・コーツの組織が下したもので、ワリエワ

の出場を認めたことは今後に大きな汚点を残した。CASとIOCの出来レース、という見方も識者の多くが指摘して

いることでもある。そして、肥大化し商業化が際立ってきた利権組織IOCにとっては、ロシアのプーチン大統領と

中国習近平主席とは、共に追及する利益を同じとする゛同じ穴のムジナ゛に見えても不思議はない。国威発揚と経

済効果を追求する五輪に、アスリートたちの最高のパーフォマンスを準備し応援する姿勢は、乏しいと言わざる

を得ない。ワリエラのFS演技後のエテリコーチの冷たい対応に対し、バッハ氏は非難と責任追及の発言したが、かつ

てロシアのドーピング発覚時に、プーチン氏が「国家としては係わっていない、すべて個人の責任だ。」と断じたと

同じ構図を見る。少数のしっぽ切りをして、事態を矮小化するやり方は、IOCバッハ氏も同類と言わねばなるまい。

今後のIOC・CAS・WADA・RUSADAの対応を注視していきたい。


<この項終わり>



2022年2月20日日曜日

色々とドラマがあり過ぎた ! (フィギュアスケート2022冬季五輪 女子シングル戦)




 今回の表彰台は、アンナ・シェルバコワ(金 ロ17歳)、アレクサンドラ・トゥルソワ(銀 ロ17歳)、坂本花織(銅 日21歳)の
3選手だった。カミラ・ワリエワ(4位 ロ15歳)のドーピング違反を巡って騒然とした雰囲気の中で、坂本花織は4回
転無しのプログラムをノーミスで滑り、銅メダル獲得は世界中から祝福された快挙だった。画像はISUホームページより。



今回の五輪、坂本花織の銅メダル獲得は快挙であり、世界のフィギュアスケート・ファンからも大いに祝福される

結果だった。女子フィギュアスケート界が、「四回転ジャンプ」・「低年齢化」(10代半ばの選手)・「ロシア偏重」

に傾く中で、彼女は2010年(10歳)全日本ノービス選手権デビュー以来、ジュニア・シニアクラスでスケートキャリア

を重ねてきた。その間、2016年の全日本ジュニア選手権優勝頃から頭角を表し、シニアクラスでも、GPシリーズや

各国際大会でも表彰台に上る機会が増え、全日本選手権でも2回(2018/2022年 )の優勝を果たしている。

その12年に及ぶキャリアの中で、フィギュアスケートの本道 : 即ち、「ジャンプ・ステップ・スピンの総合的な

スケーティング技術を磨き、テーマ曲に合わせた世界観を正確にかつ優美にに表現する。」これを追求し体現した

選手に成長したと言えよう。中野園子コーチと共に、幾度かの故障やケガを乗り越え、4回転ジャンプを飛ばなく

ても(将来はあるかも?)、ジャンプのスピード・高さ・飛距離と正確さでGOE(出来栄え点)を積み重ねていく、とい

う戦略は、ロシアコーチ陣と選手たちの真逆を行くものだった。あまりに強力なロシア勢に対して、その一手しか

なかったのも事実だが、長いスケートキャリアを経て成長し、成熟した美しい表現を獲得した選手達の演技を、多く

のファンが見たいと望んでいることも確かなことだ。過酷な練習と食事制限・薬物使用(疑惑)によって獲得したメ

ダリストたちの多く(特にロシア選手)が、次のオリンピックには姿を消しているのは、尋常のことではない。羽生

結弦(現27歳)がそうであったように、坂本選手には新たな挑戦を自らに課しながら、キャリアを積み重ねて゛力強く

美しいスケーティング゛をこれからも私達ファンに見せて欲しいと願っている。スポーツの醍醐味は、切磋琢磨し

た類稀なる身体表現を、競技を通じて私達に見せてくれることだから。彼女の今後の活躍に期待したい。




坂本選手(愛称゛かおちゃん゛)のGOEは、SP(ショートプログラム)で36.62(5項目中4つが9点台)、FS(フリースタ
イル)では74.39(すべて9点台)だった。ちなみに首位のシェルパコワは、SP37.73、FS75.26で、僅差だが遜色のない
評価を審判員が下しているのも頷ける結果だった。



A.シェルパコワのFS演技はノーミスの完璧なものだった。2本の4F(4回転フリップ)を組み込んだ7本のジャンプを

全て成功し、スピン・ステップ(レベル4)も乱れず、GOEもすべて9点台という高得点だった。総合得点255.95は、

当面敵う相手がいないレベルと思われるものだ。しかしその得点とは裏腹に、テーマ曲は先に演技ありしの寄せ集め

(「ルスカ」と「レクレイム」編集曲)の感が免れず、テーマ曲世界との一体感は乏しかった。この点では、2位の

A.トゥルソワも同じで、FSのテーマ曲『クルエラ』(映画より)も、強調された早いリズムが目立ち、5本の4回転

ジャンプを際立たせる効果しかなかったように思う。高難度のジャンプに重きを置いたプログラム構成で、得点を

稼ぐのがロシア陣の狙いなのだから、それは仕方がないのだが...

ワリエラのドーピング問題の影響で、悪いイメージがロシア勢に付きまとい、心から試合の演技を楽しめなかった

のは残念だった。リンクに登場する2人の選手のコスチュームとメイクを見ても、鬼コーチに操られた゛ロボット戦士゛

のような、ちょっち不気味なものを感じてしまった(全く個人的な感想だが)。



昨シーズンの世界選手権と今回冬季五輪のチャンピオンとなったシェルパコワ、果たして来シーズンもトップ選手の
位置を続けられるのか? それとも、ザギトワやメドベージェワのように、競技には戻らず早々に引退するのだろうか?



4種類(4T/ 4S/ 4F/ 4Lz)5本の4回転ジャンプで着氷したトゥルソワ、小さなミスはあったものの最高難度のプログ
ラムを成功させた。小柄ながら゛マッチョ・ウーマン゛のように身体能力は高い。冬季五輪の場でこれを成し遂げた
ことで、金メダル間違いなしと思った彼女に僅差で女神は微笑まなかった! 




樋口新葉(5位 日21歳)の、SP・FS2本の3A(トリプルアクセル)は゛ご立派の゛ひと言に尽きる。アンコ型体型から
繰り出す演技は迫力満点。2018年に右足首怪我のため平昌五輪出場から漏れた悔しさをバネに、今回は見事雪辱を果
たしロシア勢との好勝負を繰り広げた。まだまだ、これからが楽しみな選手だ。



加えて、今回競技会には世界中から選手の参加があったので、ニコル・ショット(17位 独25歳)がカロリーナ・コス

トナーの振り付けで登場する懐かしい姿を見たり、東欧(グルジア・ベラルーシ・ポーランド)の選手は、グバノワ・

アナスタシア(11位 GOE20歳)もクラコワ・エカテリーナ(12位 POL20歳)も、サフォノワ・ヴィクトリア(13位 BLR

19歳)も、ともにモスクワやペテルスブルグ出身(ロシア)であることも知った。あまりに競争の激しい母国から他国に

国籍替えする例は、卓球王国:中国にもよく見られるケースなので、興味深かった。さほどにフィギュア界のロシア事

情は異常なのかもしれない。




カミラ・ワリエワ(4位)のドーピング問題と「ロシアの闇」については、次回で触れます。


<この項つづく>


2022年2月12日土曜日

ハイレベルの戦い、見応えは圧巻だった ! (フィギュアスケート2022冬季五輪 男子シングル戦)


今回の表彰台は(右から)、ネイサン・チェン(金 米22歳)・鍵山優真(銀 日18歳)・宇野昌磨(銅 日24歳)、そして羽生結弦

は4位(日27歳)だった。高度なスケーティング技術を駆使し、気迫あふれたそれぞれの挑戦を見せてくれた競技は、世界

のファンを楽しませてくれた圧巻のドラマだった。画像はISUのHPより。


今回の冬季オリンピック・フィギュアスケートに関しては、TV・新聞・SNSでも連日多くの報道が為されているの

で、競技結果・選手のインタビューなどの詳細に触れるのは、ここでは避けたいと思う。さほどに巷では、毎日の

コロナ感染情報と同様に、オリンピック情報も過熱気味にに報道されているので。

羽生結弦は、オリンピックこそ2連覇(2014ソチと2018平昌)しているが、毎年シーズンの最後に行われる世界選

手権については、2014年と2017年に優勝し、2015年と2016年ではH.フェルナンデス(優勝)の2位となっている。

その後度重なる故障を乗り越え、2019年にはネイサン・チェン(優勝)の2位に返り咲いた。N.チェンは羽生の後、

2018・2019(2020はコロナのため中止)・2021年と3連覇し、名実ともに現在最強のフィギュア・スケーターと

なっている。2011・2012・2013年と3連覇したパトリック・チャン(カ)は、その前年の2009・2010年には、

ともに2位だったから、5年の長きに亘り世界のトップに君臨したと言える。その武器となったのは4回転トゥル

ープ(4T)だった。

今や、多くのフィギュアスケーターが4回転ジャンプをプログラムに取り入れ、高難度の回転技術に挑んでいるが、

その歴史はカート・ブラウニング(カ)が1988年の世界選手権で公認されたのが初めてで、日本人選手では本田武史

(現コーチ・プロスケーター) が、1998年の世界選手権(予選)で4Tを成功し、2002・2003年2度の世界選手権3位

を獲得している。




SP(ショートプログラム)で氷の穴に嵌まったり、今一歩の4A着氷だったり、「氷に嫌われちゃったかな?」という
コメントも彼らしかった。フィギュアスケート世界を牽引してきた彼の功績は偉大で、多くの選手の目標となる
レジェンドとして、これからも沢山の人々の敬意を受けていくだろう。



すでに2度のオリンピック・チャンピオンを獲得し、国際大会のほとんどの優勝を得た後、「取れるものも取っちゃ

ったし...」と言いながら、競技生活を続けるモチベ――ションとして4A(4回転アクスル)を成功させることを公言

しつつ、彼はこの舞台に挑戦してきたが、公式記録に4A(転倒)というマークを残したことを、彼は今ほろ苦い気

持ちで受け止めていると思う。多くの選手たち・大会関係者・マスコミが、彼の前人未到の挑戦に賛辞を送ったが、

試合後の松岡修造氏のインタビューで、「この北京であなたは何を見ましたか?」という質問には、しばし後ろを向

いて涙をぬぐった姿がとても印象深かった。万感の思いだったのだろう。試合の勝ち負けとは別に、残された唯一

の仕事=『4Aジャンプの完成』が、今後彼のモチベーションになるかも知れない(競技を続けるとすれば...)。羽生結弦

選手、あなたの挑戦は素晴らしかった! みんなに勇気を与えてくれました!




ネイサン・チェン、あなたの演技は素晴らしかった! そして強かった! ジャンプ評価の4T+3T(4.40)・ 4F(4.24)・
4Lz(4.93)という出来栄え点(GOE)も、ハンパナイ! です。



現在、男子フィギュア・スケーターとしては最強と言われるN.チェンだが、今回のオリンピック優勝でその地位を

不動のものとした。4Aを除く5種全ての4回転ジャンプ(4T・4S・4Lo・4F・4Lz)を公式試合で成功させているの

は彼だけだ。この点では、羽生も宇野もまた鍵山も及ばない。しかも、ジャンプのスピード・高さ・距離でも群

を抜いている。FS(フリースタイル)のテーマ曲「ロケットマン」に乗った演技(ステップ・スピン)でも、身体の切れ

や動作の早さで素晴らしいものを見せてくれた。前回オリンピック(平昌)での惨敗を機に、臥薪嘗胆(がしんしょう

たん:かたきを討とうとして苦心・苦労すること)して、身体を鍛え技術を磨いてきた4年間だったに違いない。SP

113.97・FS218.6 計332.60の高得点は、その集大成だった。現在22歳の選手活動絶頂期と見えるが、今後競技を

続けて行けばもう2~3年は彼の時代となるだろう。一部の報道では、学業に戻り科学者か医者への道を志すとの

記事も見られるが、願うらくはもうしばし、我々に素晴らしい演技を見せ続けて欲しいものだ。




FSのテーマ曲は、緩やかなバロックの名曲「オーボエ協奏曲」(A.マルチェルロ)だったが、プログラムの内容は
明らかな゛攻めのテーマ゛だった。全体としてキビキビとした動きが、観客を大いに魅了した。



宇野昌磨は蘇えった。コーチ不在だった昨シーズンの不振を乗り越えて、リンクの上で戦えるチャレンジャーとして

戻って来た。本人の努力もさることながら、ステファン・ランビエールというコーチを得たことが大きい。リンク

サイドやキス&クライでの2人のやり取りを見ていても、ランピエールの的確な指導と宇野の師への信頼振りが良く

伝わってくる。何よりもスケーティングを楽しむ姿勢と、難度の高い演技にチャレンジする意気込みが良く見て取

れるのだ。今回のFSでも、一番高度な4Lzを除く4種類の4回転ジャンプをプログラムに組み込んできた。本人も、

今までにない高難度のプログラムだと言っていた。ジャンプの転倒や小さなミスはあったけれど、このプログラム

を滑り切ったことは大いに自信になると思う。これからのステップが見えてきたのではないか? チャレンジを続け

ることで、何時の日か表彰台のトップに立つことを期待したい。




4Loの回転不足を除き、総てのジャンプをノーミスで飛び、ステップ・スピンも高評価された彼のFS演技は素晴らし
かった。全体的にやわらかで伸びやかな表現力は、とてもバランスの良い選手に成長してきたと思う。次世代のフィ
ギュア・スケーターとして、彼への期待は大だ。



鍵山優真の銀メダル獲得と合計点300点越え(310.05)は、賞賛に値する。現役高校生が何時の間にこんなに強くなっ

たのか? オリンピック2回出場の実績を持つ父親・正和コーチの存在と、本人の練習熱心さが伝えられているが、

ノービス・ジュニア時代も含めて10年以上の競技キャリア(2012-13シーズンから)を経てきているのは゛ハンパ

ナイ゛のだ。その間、父親コーチの厳しい指導に耐え、自ら切磋琢磨してスケーティング技術を身に付けてきた。

小柄な体躯ながら、全体的にバランスが良い。好きだという(本人談)スピンの演技もきれいだ。現在、4T・4S・

4Lo(最近取得した)3種類の4回転ジャンプを跳ぶが、ここに4Fと4Lzが加われば鬼に金棒だ。童顔(ベビーフェイ

ス)の風貌とは裏腹に、物事に動じない冷静さとガッツ(肝っ玉)を内に秘めているのが頼もしい。゛彗星のごとく登場

してきた新人゛とマスコミは評するが、本人は予てからネイサン・チェンと宇野昌磨を尊敬する根っからのフィギュ

ア・スケーターなのが嬉しい。羽生はじめ、偉大な先輩たちを目標にしながら、次の世代の選手が育っているフィ

ギュア界(日本と世界)は、これからもなかなか面白いスポーツとなりそうだ。

加えて、芸術的なスケーティングで定評のあるジェイソン・ブラウン(6位 米27歳)の元気な姿も見られたし、イタ

リアの新星ダニエル・グラスル(7位19歳)の、キレの良い演技も良かった。世界トップクラスの選手たちが集まった

大会は、とても見応えのある競技会だった。


<この項つづく>