2011年12月29日木曜日

今年のトリは、かようかいの歌とお酒でした。

今宵も歌とお酒で盛り上がって! 「 かようかい」の皆さんと共に夜は更けゆく。 後列左から、YOさん、TAKA、ハジメちゃん、イズミちゃん、キリさん。前列はシゲコママ、マスター、ウッチー、HIさん。Photo by Takky
今月は師走ということもあって、歌と演奏とお酒の集いがもっぱらでありましたが、最後は地元の音楽好きの皆さんが集まる゛かようかい゛がトリとなったのであります。ご多忙だったり、身内の不幸があったりで、来られなかった常連メンバーの方も居られたが、喜多見の「椿」はギターの伴奏に乗ってこの夜も楽しい歌が続いた。
今年は未曾有の大震災があり、原発事故の影響とその対応に追われた年でもあったが、おかげ様で多くの音楽家達のライブに寄らせていただき、また、共に歌と演奏を楽しむ会にも参加加させていただいて、とても有意義な一年だった。また私にとっては自身の歌と演奏を、ボサノヴァ・ワールドポップス・オリジナルソングを通じてご披露する機会が重なり、共にバンドを組んでのライブも実現し充実した一年でもあった。佐藤真規さんとのジョイントライブ(5月)、Jovial TAKA Bandのライブ(8月)、ザ・タペストリーのライブ(11月)、多くのお客様に来場いただき、楽しんでいただけたことがとても嬉しかった。皆様の応援に感謝し、また音楽表現に加わって素敵なサウンドを作っていただいたミュージシャンの皆様にとても感謝している。
新しいレパートリーが増えたボサノヴァやワールド・ポップスの曲もさることながら、オリジナル・ソングとして、「ときめきの夜」、「君はいま輝いている」(2曲は作詞・作曲TAKA)、そして最新の曲「愛とも知らないで」(作詞TAKA、作曲QP村山)の3曲を創れたことも特筆に価することであった。最近の私の曲は、初期の曲と変わってきている。シンプルに言えば、言葉とメロディで私の世界を表現することから、音楽を楽しむ場で共に歌ったりより共感できる世界を目指している曲へとシフトしている、とでも言えようか。このスタンスは当面変わらない様に思っている。もう何曲か曲作りができたら、自分の気に入ったオリジナル・ソングを集めてCDを作ろうかな、などと夢を見ているのだが。その時は、色々な方に協力いただかなくては。
今年は10月に体調を崩し、しばし休養することもあったが、おかげ様で快復し仕事の地域サービスと音楽活動に励むことが出来たのは何よりのことだった。健康でいることがすべてのベースになるので、来年も体調を整えながら精進したいと思う。このブログを覗いてくださる方たちにも、来年の健康とご多幸を祈りつつ、ご愛顧を感謝したいと思っている。
それでは皆様、1年間ありがとうございました。
良いお年を!!

2011年12月21日水曜日

バンドの忘年会は、美味しいお鮨とお酒で話も弾んで!

                              □美味しいお鮨をすっかり平らげてご満悦のメンバー諸君 Photo by Kouzu


我等がバンド:ザ・タペストリーの忘年会は、リハを続けてきた本拠地・梅ヶ丘の「美登利寿司総本店」で賑々しく開かれた(12/20)。これを心待ちにしていたメンバー各位は、定刻夜7時にお店に集合した。我々がリハをして来た゛リンキイ・ディンク・スタジオはこのお店のすぐ隣りのビルにあり、リハの日には、この有名寿司店の周りをぐるりと並ぶお客の待ち姿を何時も見ていたので、よもやこの店で会食するなどとは思いもよらなかったのである。リハを終わった後での一杯は、ちょっと離れた中華屋に寄って、生ビールと餃子の定例メニューで盛り上がっていたのだが、今宵は違うのである!

今宵のコースは、『板さんおまかせのにぎり寿司』(忘年会特別メニュー:3,150円)に好みのお酒を加えたものだったが、幹事の私は、メルパルク長野でのライブが好評に終わり、ギャラをいただいた時点ですぐお店に予約を入れた(手回しがいいのですよ!!)。他にもコースが2つあるのだが、品数が多くて我等には食べきれないだろうと思いこのコースにした。
寒空の下で入店を待つお客の列を尻目に、満席のフロアを通って3階へ上がると、すでに料理が並べられて準備が整っていた。冒頭の写真は、すでに食べ尽くしてしまった後もので、お寿司の写真は撮り忘れた。皆、早く食べたくて焦っていたからね。替わりに、HPの写真を載せます(左)。この品数に加えてマグロ中落ちの小巻きや子持ち昆布の大巻き、車海老入りの赤味噌汁とデザートのプリンなど、ほんとに豪華な寿司会となった。普段はビールばかり飲んでいるヨッシーも、今宵は食べに食べた。
ご存知の方も居られると思うが、このお店のネタは新鮮この上なく、また握りシャリは少なめでネタがこの上なく大きい。名物のアナゴは一匹丸ごとだからね。私は30代の初め、赤堤に一軒家を借りて住んでいた時期があって、通りを挟んで向かい側に南田洋子・長門裕之のお宅があり(二人とも鬼籍に入っているが)、近くの世田谷牧場には牛が100頭ほど飼われていた。風のある日は、牛の糞の臭いが漂ってくるようなのどかな風景が広がっていた。食品スーパーオオゼキの本店(東松原)によく買い物に行ったし、小田急線はまだ高架になっていなくて、近くの梅ヶ丘駅北口に美登利寿司のお店があった。その頃から美味しいと評判だったので、時折寿司をつまみに出かけたが、最近のように店前に行列などなかった。何かの変化がお店にあって、ここ10数年ほどの間に出店があり人気が高くなったのだと思うが、昔を知る私にはちょっと感慨が深い。
お寿司を食べながら、生ビール・冷酒・燗酒を各自飲みながら、今回のライブについて色々と話した。機材をレンタルしてくれた楽器屋さんから、当日の歌と演奏録音CDをいただいたので、各自に配布し、また、マッキーが最前列のテーブルで録音されたCDを持ってきたくれたので、これも各自持ち帰って聴く事にした。QP村山からはオリジナル新曲のお披露目があった。『愛とも知らないで』というラブ・バラード曲で、作詞はTAKA、作曲はQP村山、曲のコードは私が付けた。いずれ近いうちにライブでご披露することになると思う。
満腹・大満足のあとで、すぐ近くのジャズバー゛TAKE FIVE゛に席を移して、今後の展望を語り合った。来年の秋にバンド主催のライブを都内で開くこと、そのために新しいレパートリーと、このバンドならではのサウンドを創って行くこと、より音楽性を高めて聴きに来てくださる方の満足につなげていくこと、などを確認しあった。ほんとに楽しい忘年会だった。そして、新しいステップを踏み出した集いだった。メンバーのシローは残念ながら欠席だった。替わりに、学友のKZ君がAYAさんの誘いで駆けつけてきてくれ、我等に加わって大いに飲み話して行ってくれた。

2011年12月15日木曜日

シャンパンとパニーニのボサノヴァ会は、ほろ酔いの午後だった。

            □ラスト曲の「All of Me」は、全員で歌えや踊れやの大盛り上がりとなった。Photo by TAKA

山教室(中村善郎)代表のタッキーからご案内があり、また、STさんからも「ギターを持たないで、気軽に来て下さいね!」と、私の腰を気遣っていただいたお誘いがあり、ほんとに何も持たず、差し入れのお酒も持たずに(けっこう重いので、ごめんなさい!)ボサノヴァ会に寄らせていただいた。日曜日の昼間、田園都市線・高津駅近くの゛スタジオ・アンジェ゛という、ピアノのあるイベントスペースが会場で、私が着いた昼時にはすでに多くのボサノヴァ愛好者の皆さんが集まっていた。

「ボサノヴァ練習会」と名打ってはいたが、朝10時スタート、昼食を挟んで午後6時まで、途中参加・途中退場自由、差し入れ歓迎、会費2,500円、というまことにゆる~い参加条件なので気軽に参加できた。ここに掲載した画像とボサノヴァ会のレポートはあくまで私見であり、昼・シャン(昼間ッパラからのシャンペン!)ですっかり気持ち良くなって皆さんの披露された曲目もうろ覚え、写真も気紛れで撮ったものばかりなので、そこの所はご容赦いただきたいと思う。

私自身は、田町教室で中村師匠に3年間、ボサノヴァ・ギターとヴォーカルをみっちり学んだ。その間、月2回のレッスンを一度も休まずに熱心に教室に通った。少人数で10年選手のベテラン2名に混じったギターレッスンを受けたので(ギターは大体4~5人だった)、おかげ様でボサノヴァのテンションコードとバチーダをほぼ習得できた。ここ一年間は、バンド活動を2つ(Jovial TAKA Band と The Tapestry)と、オリジナル・ソングの制作等で多忙となり、レッスンはお休みしているが一応まだ籍を置いてはいる。そんなことで、ボサノヴァ会もことし3月の横浜教室・ドルフィー以来だった。

□ 
TDさんの伴奏で歌うMOさん、熱唱です!(左)。ピンクと白のモエ・シャンを前に、栓を抜く前から微笑がこぼれだしているお三方(Aさん、MOさん、KYさん)、後方を緑のギターマンIMさんが通り過ぎる(右)

午前中の歌会で大方歌った皆さんに、幹事の方たちが買出ししてくれたニ子玉川・アルビスのパニーニとシャンペンが出されて歓声が上がった。その他の惣菜も加えて楽しい食事が始まり、シャンペンが次々と抜かれ、皆で乾杯した。パニーニはイタリアン・ハンバーガー(サンドウィッチ)仕立てで、中のほうれん草やお肉・チーズなどがとてもナチュラルな味で美味しかった。都心の有名ライブ・ハウスを借りて高い会費でやるのもいいけれど、皆で食べ物・飲み物を持ち寄って、時間を気にせずにリラックスしてできるボサノヴァ会、費用も頃合(安くて)でやる方が今的だなと感じた。

珍しくギターの弾き語りを披露するMIさん、ガラス越しに見える゛本日貸切中゛の張り紙、そして後ろをオババが通り過ぎる...(左) /  タッキーの伴奏で歌うイタリアーノDIさん(見事なピアノ演奏もご披露)、そして後ろをバイクマンが通り過ぎる...(右)
 
STさんはIMさんの伴奏で、X'mas ソングの「Winter Wonderland」をでご披露(左)、興が載って演奏に合わせて踊りだす一幕も(MOさん、STさん:右)
私はこの日、昼・シャンですっかり気持ちよくなってしまったが、TDさんとタッキーにギターをお借りして、「Vou Te Contar」、「Antonio's Song」、そしてオリジナル曲の「ときめきの夜」(~の午後)を披露した。皆さんで一緒に「ときめき~」を歌っていただいたのが嬉しかった。STさんにリクエストされて、フレンチ・ボッサの「男と女」、「ボラーレ」も歌うというおまけつきだった。
その後も、夜の帳が落ちるまで皆さんの歌と演奏が続いた。楽しかった会の最後に、MIさんが歌ったのは「All of Me」、ポル語のバージョンでは「Disse Alguém」のタイトルでジョアン・ジルベルトが歌った曲(これも後で教えていただいた)。ひと通りMIさんが歌った後、私が乱入して英語バージョンを歌うと、タッキーも歌いだし、皆が前に出て踊りだし、いやはや大変なセッション騒ぎとなった。でも、これがほんとに楽しかった!!(↑ 冒頭のフォト)
メンバーの皆さんの中には、ボサノヴァを教えている先生もいるし、ライブ出演を続けているプロもいるし、セミプロやビギナーや色々な方がいるが、゛ボサノヴァを愛することにかけては、誰にも負けない゛と自負する方がほとんどだと思う。青山教室の方たちのおかげて、こんなに楽しい歌会にご一緒できて、とても幸せな一日だった。この後、ボーリング大会をするという皆さんに、腰をやや気にする私は一足先に失礼して帰途に着いたが、幸せの余韻はしばらく続きそうだ。

2011年12月13日火曜日

フィギュアスケート・Grand Prix Final 2011から


      □女子シングルのチャンピオンに輝いたカロリーナ・コストナーのS/Pは完璧だった。(画像はGoogleより) 
カナダのケベックシティで開催されたISUフィギュア・スケートのグランプリ・最終戦を、TV朝日の編集録画で見た(12/10、12/11)。男子・女子シングルのみの放映で、アイスダンス、ペア、ジュニアの放映が無かったのはちょっと物足りなかったが、世界六カ国各地を廻ったグランプリ・シリーズの最終戦ともあって、各選手の白熱した演技を楽しむことができた。
3回転・4回転ジャンプ等、高度な演技が組み込まれたプログラムのためか、選手達の演技もミスが目立ちハラハラさせられたが、その中で抜群の集中力でノーミスの演技を見せてくれたカロリーナ・コストナー(伊)の演技が光っていた。ショートプログラム(以下SP)は、ショスタコビッチの「ピアノ三重奏曲」に乗って滑ったが、長身の肢体から繰り出す高さのあるジャンプをことごとく成功させ、スピンやステップも完璧だった。手足の先まで行き届いた動きは、この優雅なピアノ曲を表現するのにマッチしていたし、滑走ラインの滑らかさと演技を繋ぐ゛間の取り方゛がとてもスムースでよかった。
コストナーは、フィギュア・スケート選手の中ではかなり長身(169cm)の方だ。ジュニアから上がってきたエリザベート・トゥクタミシェワ(露・14才・143cm)のような小柄な選手もいる中で一際目立つ。足長腰高(重心が高い)の彼女がジャンプでスッテン・コロリンするのを何度も見ている。それが、昨年度のグランプリ・ファイナル(北京)で、アリッサ・シズニーに次いで銀メダルを取った頃から、ジャンプが安定して来た。元より、長身を生かしたスピンやスパイラルには定評があったから、FRの「ピアノ協奏曲23番」(モーツァルト)に乗って滑った演技も、表情に余裕があり安心して見ていられた。イタリア女性らしい優雅さと快活さををあわせ持った滑りは、流麗なピアノ曲とマッチして、彼女の魅力を堪能させてくれる演技であり、納得の金メダルだった。

フィギュア・スケート選手達の演技を見ながら、私は何時も、音楽の表現(歌と演奏)と重ねてみてしまう。選手は各々、自分で選んだテーマ曲に乗って演技を披露するのだが、クラシックや映画音楽、ブルースやタンゴ、ジャズに民族音楽など、お国柄や個性を反映してその曲内容は様々である。しかしながら、鍛えられた肢体を駆使してその世界観を表現すると言う点では、歌と演奏でそれを表現する音楽ライブ・パーフォマンスとよく似ている。ベースには、正確で卓越した歌唱と楽器演奏技術があり、スタートからフレーズを作りながらファイナルのクライマックスに持っていく曲の流れがあり、そして、その世界観の中でその人らしい個性が輝いている独自性があり、最後に、その表現全体がお客を魅了できるかというエンターテイメント性がある。これらは、すべて『芸』というものに繫がる大切なファクターだと思う。

鈴木明子は優勝を意識したのか、SPでもFRでも細かなミスが出てしまい、とても残念だった。先月のNHK杯(東京)で優勝した時のSPは、「ハンガリアン・ラプソディ」(ヴァイオリン曲)のメロディに乗って完璧な演技を見せてくれた。3ジャンプ+3ジャンプのコンビネーションを成功させ、一気に波に乗った。観客の拍手を巻き込んだステップとスピンは、曲が後からついてくるかと思うくらい切れがよくスピード感に溢れていた。でも、26才の年齢、小柄でファニーフェイスの彼女が、努力と精進の賜物で今回の銀メダルに輝いたことには、大きな拍手を送りたいと思う。

私の好きなアリョーナ・レオノア(露)は、SPで「パイレーツ・オブ・カリビアン」の映画音楽に乗って滑り銅メダルを得た。コスチュームも海賊仕立てで、その迫力満点の活き活きとした演技に観客から多くの拍手が集まった。元よりマメタンクのような体つきとおどけた表情が魅力的な彼女は、FRでは「弦楽ためのアダージョ」(オーケストラ曲)がテーマ曲だったが、荘厳で重々しい世界は彼女には合わなかったように思う。こういう曲でも滑りますよ、というアピールなのかも知れないが、やはりレオノアらしい世界を観客も見たかったにちがいない。

もうひとつ残念だったのは、アリッサ・シズニーが左足首の怪我で万全の体調でなかったことだ。今シーズンはフランス杯(パリ)で銅メダル、スケート・オブ・アメリカ(オンタリオ)で優勝し、グランプリ・ファイナルでも優勝の下馬評が高かった。SPはシャンソンの「ばら色の人生」、FRはオーケストラ曲の「悲しいワルツ」に乗って滑ったが、ジャンプをことごとく失敗し精彩を欠いた。足首への負担に耐えられなかったようだ。得点も「悲しい結果」となり表彰台にも上がれなかった。なにやらテーマ曲のタイトルと符丁が合ってしまった。
しかしながら、゛世界一゛と評される彼女の゛ビールマン・スピン゛と゛レイバック・スピン゛のスピードと美しさは抜群で、これが見られるだけでも価値があったというものだ。
昨年のグランプリ・ファイナル(北京)では、彼女はジョージ・ウィンストンの「冬から春へ」をテーマ曲にして滑走し、金メダルを得ている。ナチュラルなヒーリング系のテーマ曲は、彼女の優雅で芯のある滑りととてもよく合っていた。
競技を終わってみれば、今シーズンの各地の大会で上位成績を収めてきた選手が表彰台に上がる順当な結果となった。また、難度の高い技術を競うスリリングな戦いでもあった。浅田真央はNHK杯2位、ロシア杯(モスクワ)で優勝し大きな期待をかけられたが、母親の危篤で大会を欠場し帰国をせざるを得なかった。エリザベート・トゥクタミシェワ(露)は、フランス杯とスケート・カナダ(ミシサガ)で優勝し、ファイナルでの優勝もあるかと期待されたが、プレッシャーのためかジャンプのミスが続きテーマ曲の流れにも乗れなかった。









男子シングルでは、高橋大介のFR演技が良かった(銀メダル)。4回転ジャンプこそ両足着地でミスが出たが、EL.GTソロの『ブルース・オブ・クロック』に乗って、思う存分に滑って観客を魅了した。ジャンプ・スピン・ステップともにメリハリがよく、スケート表現には難しいギター・ソロ曲を卓抜に表現し彼独特の世界に引きずり込んでいくような見事なパーフォマンスだった。 
パトリック・チャンのSPは、4回転ジャンプを成功させた後フェンスに衝突するハプニングもあったが、Jazzの「テイク・ファイブ」に乗って軽快に滑った(優勝)。演技の切れのよさでは高橋大介といい勝負、安定したスケート技術が目立った。
躍進著しいのは羽生結弦だった。往年のプルシェンコ(露)やライサチェックを髣髴とさせる、長身から繰り出すダイナミックな演技は、高校生17才とは思えぬ成長振りだ。SPは「エチュード・イン・D#m」がテーマ曲だったが、冒頭の4回転ジャンプが決まらず結果4位だった。銅メダルのハビエル・フェルナンデス(スペイン)は、4回転ジャンプを2度決めて表彰台に上がったが、羽生との実力差はほとんどないように見えた。
フィギュア・スケート世界選手権は、フランス・ニースで来年の3月(26~4/1)に開催される。ここで、その年の真のチャンピオンが決まる。どんな選手が登場し演技を見せてくれるのか、今から楽しみにしている。

2011年11月22日火曜日

ザ・タペストリー ライブ in メルパルク長野(その2)


同期会終了後、全員で記念撮影。70人も集まるとなかなか壮観なのだ。 Photo by Y.Satou
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もともと今回のライブは、バンド結成・言いだしっぺで幹事担当1組(毎年1~9組が交代で幹事をする)のQP村山がお膳立てした話だった。仲間でバンドを組んでやる音楽表現を通じて、高校同期生の皆にどんなメッセージを送るのか? 同期会の宴会ステージという場所で、どんなパーフォーマンスが出来るのか? その点ではメッセージを送る対象が明確であり、60代半ばの(前期高齢者群に入る)オジサン・オバサンに向けて、『俺たち、音楽しながら気持ちは若いよぉ~。元気に楽しくやっているぜ~ぃ! 』という情報発信内容も明確だった。それゆえに、バンマスの私としては、メンバー各自の思い入れある曲を、歌える人にはぜひ歌ってもらい自分をアピールして欲しいと思った。よく言えばジャンルを越えた、傍から見れば脈絡のない曲のプログラムはそうして作られたが、聴衆にとっても演奏者にとっても゛青春時代を思い起こす懐かしい曲゛が集められ、一緒に楽しむことができたという点では、確かな共感を得られたものと思う。
演奏終了後、宴席を廻りながら何人かの懐かしい友達と話しながら美味しいお酒を飲んだ。「いやぁ~良かったよ、元気をもらったよぉ~!」という言葉が嬉しかった。7組のMI君からは強い握手とともに、「ほんと、感激したよ。この歳で音楽やってるなんて元気だよねぇ~! 俺も何かやりたくなったよぉ~!」と、こちらもびっくりの感激振りだった。幹事のMZ君・MA君も大変喜んでくれた。予定を越える70人の出席者が集まったことで収支のメドが立ち、「些少だけれど、バンド皆で打ち上げ会をやってくれ!」と言ってギャラを包んでくれた。機材のレンタル代に加えて、ギャラまで出たのだから今回はちゃんとしたプロの扱いだ。当方としては、ノーギャラのボランティア覚悟で来たのだから、これは嬉しかった。バンドとしての音楽表現内容も、顧客満足度の面でも、また同期会という場を借りたが演奏会としての結果も、すべて成功裏に終わったことが悦びであった。
しかしながら、PAはオペレーターのKZ氏の協力にもかかわらず、不首尾に終わった。会場の環境(防音のない固い壁に囲まれた宴会場)や、事前調整時間の不足、マイク・スピーカー・アンプのバランス不達成で、最後までハウリングが抑えられず、結果としてヴォーカルマイクの音量を押さえたため、音声がきれいに立たなかった。この事は、2次会(9組メンバー5人で)で久し振りに一緒に飲んで話したSM君からも指摘が出た。彼は地元で歯科医師の仕事をしながら、クラシックやポピュラーの音楽家を招聘する事にも携わっているのでPAバランスにも明るい。「TAKAの声はいい声だったねぇ~」というお褒めの言葉とともに、「ヴォーカルの音が、みんな小さくて残念だったなぁ! 」と。やはり、聞こえのよい人の耳は騙せないのだ。今後、どのような場所で演奏するにしても、バンドを組んでやる以上、バランスの良いPAセッティングで、心地よい、また質の良い音をお客に届ける事は課題として続く。
2次会の後宿泊先のホテルに戻り、地元の実家に泊まったメンバー二人を除く四人でマッキーの部屋に集まり祝杯を挙げた。皆が喜んでくれたことへのほっとした気持ち、まあまあ満足のできる演奏を終えることができた、と言う心地よい疲れと後半の酒席の騒がしさで充分に演奏を聴いてもらえなかった残念さと、PAの完成度が低かったことへの苦い気持ちと、色々な話が出て夜中の3時まで話が盛り上がって続いた。いただいたギャラは、リハをして来た地元梅ヶ丘の゛美登利寿司総本店゛で12月に忘年会を開き、美味しいお寿司とお酒を食しながら、今回ライブの反省と今後の活動の展望を語り合う会費に当てることにした。
今後の課題は色々とある。メンバー夫々の歌や楽器の演奏力、音楽の表現力をもっと高めていくこと(上級者は上級者なりに、初級者はもっと底上げして)。バンドとしての特色をもっと明確に出していくこと(このバンドならではの、特色あるジャンルやアレンジの仕方、掛け合いの絶妙さなど)。そのためには誰に対して、どんなメッセージを送るのか? (呼ぶお客や演奏場所、選曲やライブ構成)... ただ、夫々が自分のジャンルを持ち演奏やバンド活動をしているので、このバンドでは余り難しいことを言わずに仲良く楽しく続けてゆくという選択もある。バンマスだって、一年毎の交代制でもかまわないのだ。
ライブをひとつ終えて、今は静かな充足感に浸っている。また、新しい曲と音楽表現に取り組んでみたい気持ちが沸々と湧いてきている。

2011年11月21日月曜日

ザ・タペストリー ライブ in メルパルク長野(その1)


特設ステージに勢ぞろいした゛ザ・タペストリー゛のメンバーたち、左からTAKA(Vo/Gt)・ヨッシー(MC/Vo/Bj)・シロー(Fl)・マッキー(As)・AYA(Vo/Ba)・QP村山(Vo/Dr) の6人。Photo by Y.Satou

初めての本格的なライブ・デビューとなった我等が同期生バンド゛ザ・タペストリー゛の演奏会は、70人の参加者が集まった高校同期会(開催場所はJR長野駅側のメルパルク長野)の宴会特設ステージでだった。この日を目指して、約1年間リハを続けて準備し、音響機材を会場に特設してのライブだった。

演奏を終えてみると、あっという間の50分だった。現状でなし得るメンバー全員の表現力を充分に発揮したパーフォーマンスだった。このライブで創られた音のハーモニーは、ザ・タペストリーならではのものだったと思う。細かい点では色々と反省すべきところや課題もあるが、我々の歌と演奏を聴いて、会場の皆が大きな拍手を送ってくれたことがとても嬉しかった。

当夜のプログラムを以下載せておきます。前回のブログ(2011/11/17)で、主役となるメンバーと発表曲を載せたので、細かくはそちらを参考にしていただきたい。

< 演奏曲プログラム >

1.Vou Te Contar 君に告げよう (Bossa Nova)
 トム・ジョビンのインストゥルメンタルでお馴染みの軽快で心地よいリズム曲、Wave(1967年NYで 録音)。後に彼自身による作詞をドリス・モンテイロがゆったりと歌い、また多くのボサノヴァ歌手ジャズプレイヤーにカバーされ親しまれている曲です。

2.All of Me 私のすべてを (Jazz & American Pops)
セイモア・シモンズとジェラルド・マークスのコンビで作られた、アメリカン・ポップス&ジャズ・スタンダードナンバー。「なぜ、私のすべてを奪ってくれないの?」この情熱的な歌は多くのミュージシャンにカバーされています。

3.Cotton Fields 綿畑 (American Country Song) 
ハディ・レッドベター(リードベリー)が、1941年に作ったフォーク・ミュージックをベースに、クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァルが1969年にヒットさせたカントリー・ソング。軽快で懐かしさに溢れたこの曲を、ビーチ・ボーイズもカバー。 

4.E Ku'u Sweet Lei Poina 'Ole (Hawaian Song)
ハワイに古くから伝わり歌われてきた、美しいバラード曲(作者不詳)。「わたしの愛しいレイ、忘れられません」(エ・クゥ・スウィート・レイ・ポイナ・オレ)と、思いを寄せる女性を美しいレイに喩えて歌っています。

5.Unchain My Heart 俺の心を解き放ってくれ(Rhythm & Blues)
ロバート・シャープ・ジュニアが作詞・作曲し、レイ・チャールズが歌いヒットしたR&B の名曲(1961年)を、後にジョー・コッカーがカバーして歌い、英国でヒットさせた(1992年)。チャールズの原曲に勝るとも劣らないパワフルなバージョン。

6. Pearly Shells 真珠貝の唄 (Hawaian Song)  
オアフ島に古くから伝わる「Popo O Ewa」という歌に、ウェブリー・エドワーズとレオン・ポーバーが英語の歌詞をつけて1960年代にヒットさせたハワイアン・ポップス。日本では、ビリー・ボーン・オーケストラの演奏で有名になった。

7.ときめきの夜 TAKA Original (Samba)
地元のとある喫茶店に毎週火曜日に集まり、お酒と音楽を楽しむ人たちのために書かれた曲が原曲。今宵限りの゛同期会・スペシャルバージョン゛で歌います。会場の皆様と一緒に歌える曲です、どうぞご一緒に!! 詞・曲ともTAKAによります。

8. Take The A Train A列車で行こう (Jazz)     
デューク・エリントン楽団が1941年にレコード発売し、大ヒットしたジャズのスタンダード・ナンバー。この歌の題名と歌詞には、「(ジャズを楽しめる)ハーレムに行くなら、A列車=8番街急行に乗りなさい!」という意味が込められています。

■アンコール曲:「見上げてごらん夜の星を」 詞:永六輔 曲:いずみたく
1964年(私達が高校3年生の時)のヒット曲、坂本九ちゃんの歌でお馴染みです。


読者もお気づきのように、大半が1960年代のヒット曲であり、紅顔の美少年・美少女であった我等の青春時代の曲(今は、すでに゛厚顔゛のオジサン・オバサンであるが!)なので、会場の出席者にも馴染みのある曲がそろった。トップバッターの私は、「Vou Te Contar」のイントロをギター・ソロし、ゆったりと歌に入っていった。会場がしっかりと歌と演奏を受け止めているのを感じ、手ごたえがあった。続いて、私の歌とマッキーのサックス・アドリブで「All of Me」を。マッキーのアドリブが乗ってきて、唄っている私も気持ちよく唄えた。次は、ヨッシーがバンジョー弾き語りで「Cotton Fields」を唄いだすと、会場から大きな手拍子が入り、歌を楽しんでいるのがビンビン伝わってきた。ヨッシーの滑らかなMC進行で次の「E Ku'u Sweet Poina 'Ole」をAYAさんがベース弾き語りで歌うと、この美しいバラード曲に会場が静まり返った。マッキーのサックスとシローのフルートとのデュオがきれいにハモった。

ここで、前半が終わり乾杯となった。皆でビールを飲み干し、食事も席に出始めると会場は騒然となってきた。なにせ大半が一年ぶりに顔を合わせる同級生や同期生たちなので、挨拶や話も出はじめる...そして後半に入った。

この夜のリズムセクションは、ドラム(QP村山)もベース(AYAさん)も的確なリズムを刻んで、皆の演奏と歌を支え続けた。QP村山のドラム弾き語り(打ち語り?)「Unchain My Heart」は、彼の歌といい、マッキーとシローのアドリブといい、私とヨッシーのコーラスといい、AYAさんのベース刻みといい、今まで一番良かったと感じられる曲表現ができた。これは、次にAYAさんがベース弾き語りで歌った「Pearly Shells」も同様で、丁寧なリハを重ねてきた成果が出たのを感じた。しかし、会場は依然騒然としている。その中でおきな拍手も返ってきた。次の「ときめきの夜」は、私の歌に皆がアシストしてくれて歯切れの良いリズム曲となった。歌とお酒を楽しみながら会場の人たちと一緒に唄えるオリジナル曲なのだが、残念ながらその目論見は外れた。会場はお酒とお話に意識が向かっていた。ラストの曲「Take The A Train」は、今までで一番良かったと感じられる皆の歌と演奏だった。特に、セカンド・リフのサックスとフルートのソロ、ドラムソロ、バンジョーソロの掛け合いが抜群だった。会場の拍手に応えて(半分はヨッシーが上手く誘導)、アンコールに「見上げてごらん夜の星を」を出席者全員とともに唄ってライブが終了した。

この項、(その2)に続く
 

2011年11月17日木曜日

ザ・タペストリー、最終リハを終えてライブ本番へ

バンド最終リハの休憩タイムに全員のショットをパチリ、梅ヶ丘リンキィ・ディンク・スタジオにて Photo by Studio Kozo
 左より、QP村山(Vo/Dr)、TAKA(Vo/Gt)、ヨッシー(MC/Vo/Bj)、シロー(Fl)、マッキー(As)、AYA(Vo/Ba)

昨年12月から月一回のリハ(10・11月は2回)を重ねてきた我等が高校同期生バンド゛ザ・タペストリー゛も、今回がライブのための最終リハとなった。場所は何時もの梅ヶ丘のスタジオ、本番を想定してヨッシーのMCを入れながら、全曲の音合わせをした。発表曲はアンコール曲も入れて9曲、曲の進行もほぼ頭に入ったので、イントロやエンディングを確認しながらの和やかなリハとなった。
私の新曲『君は、いま輝いている』の歌詞のごとくに、スタート当初モタモタしていた曲調が段々滑らかになり、ソロのヴォーカルに合わせるハモリやカウンター・メロディも小気味良く入るようになって音全体のふくらみが出てきた。欲を言えばきりがないが、このメンバーでのベストに近い状態に仕上がってきている。

ライブの進行・曲紹介はヨッシーの担当、彼はジャズ・ライブのMCを長年やってきているので、各メンバーのエピソード紹介を挟んだ流暢なしゃべりは安心して任せられる。
バンジョー弾きながら彼が唄う歌は『Cotton Fields』、軽快で懐かしさに溢れたこのカントリー・ソングを彼はとても気持ち良さそうに唄う。
一応、バンドのユニフォームはベスト・チョッキ着用(後は制約なし)ということにしたので、このゆるいドレスコードで本番に臨むのだ! (各メンバーのフォト All by TAKA) 
スチールギターの名手・ 紅一点のAYAさんは、やはり゛ハワイア~ン゛な雰囲気で登場してもらう。ムームーにフラハットで、無粋な男達のなかで花開いていただくのだ。今回はベーシストとして低音部分を効かせながら、お得意のハワイアン・ソングをポップスのアレンジで2曲、美しいバラードの『E Ku'u Sweet Lei Poina 'Ole』、それと゛真珠貝の歌゛でおなじみの『Pearly Shells』を、ベースを弾きながら唄う。











QP村山のドラムは、最近とても安定してきた。毎月「のどごし生バンド」の定例ライブや、他のバンドや助っ人ライブなどをこなしているせいか、的確なドラミングになってきている。私のギターやAYAさんのベースとの呼応も息があってきた。ただ、心配は、他のバンドと重なる曲では進行が混乱することがあるとのこと。要注意です。
彼がドラムを叩きながら唄う曲はR and B の名曲『Unchain My Heart』、ジョー・コッカーに敬意を表して、彼にも負けないパワフルな歌とドラムを披露する。





今回のライブでは、好きな歌を夫々が唄おうということになって、私を含めて4人がヴォーカルを務める。私の持ち歌は、ボサノヴァのスタンダード曲『Wave(Vou Te Contar)』と、オリジナル曲の『ときめきの夜』の弾き語りだが、ジャズのスタンダード・ナンバーの『All Of Me』、『Take The A Train』のヴォーカル・パートでも歌って盛り上げていく。でも、大半は和音部分のGt伴奏と、バックコーラスのハモリに徹するつもり。皆の歌と演奏をサイドからアシストするのが役目だ。

私の今弾いているGtは、高校2年生のX'masに叔母からプレゼントしてもらったヤマハのガットギター(1963製)、48年ぶりに長野に里帰りして演奏する。




シローのフルートは、クラシック音楽が中心だったが、今回はジャズやボサノヴァ、ハワイアンやカントリー・ソング、はたまたリズム・アンド・ブルースやオリジナル・ソングにも挑戦する。何せ、ジャンルを越えた多彩な曲(別の言い方をすればほとんど脈絡のない曲)のオンパレードなので、彼も始めは戸惑っていたが、段々慣れてきた。テーマ・メロディを専ら、時々アドリブも加えて、爽やかなフルート音を披露してもらう。












さて、ビックバンドやジャズバンドで活躍しているマッキーは、ジャズのナンバーを中心にして乗りのいいアドリブ演奏を聞かせてくれるが、このバンドでもインストのソロ演奏は見せ場(聴かせ場?)だ。メンバーとの息も合ってきて、音が随分と滑らかになってきた。一緒に演奏しながら、時折彼のサックス音がオーボエかクラリネットの音のようにやわらかくまた心地よく聴こえる時がある。
『Take The A Train』、『All of Me』のアドリブ・ソロや、他の曲のアドリブ・パート演奏、そしてヴォーカルのカウンター・メロディ表現に、彼の真骨頂が披露されることと思う。





この夜は、凡そできる限りのことはやってライブの準備が出来た、という達成感があり、早めにリハを切り上げ、写真撮影をしたり、私の新曲『きみは、いま輝いている』を聴いて貰ったりした。その後、中華料理屋゛大むら゛に繰り出して、生ビールと餃子で乾杯となった。この店は、たまたまここ3回ほど店が閉まっていて、リハの後他の店に廻らざるを得なかったのだが、僕等は「店、つぶれたのかなぁ?」とか、「夜逃げしたかぁ?」とか言って心配していた。マスターに聞いたら、たまたま休みだったとのこと。ちょっと安心して、皆で高校時代のエピソードを話し合ったり、楽しい飲み会となった。
11/19(土)、長野メルパルクで開催される゛長野高校17回同期会゛でのステージが、ザ・タペストリーの初ライブとなる。とても楽しみのデビュー戦だ。
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2011年11月10日木曜日

2012年のカレンダーと、食養生の再強化


例年11月には、銀座伊東屋に行き、翌年のカレンダーと手帳用ダイアリーを購入する。昨年入手したカレンダーは、アートタイプの輸入版で、「ジョージア・オキーフ」の花絵と、「マーク・ロスコ」の抽象画の2点、ここ数年はオキーフのものは必ず手にいれ、あと1点は、広重・北斎の浮世絵版画、モネの庭園(ジベルニーの睡蓮)、ミロやカンディンスキーの抽象画など。それらを自分の部屋と食堂の壁二ヶ所に飾って楽しんでいる。

2012年版のオキーフカレンダー・12月の作品は赤いカンナの油彩画(左)

カレンダー製品は、書店や文具店、百貨店などの季節用品売り場に並ぶが、スペースや期間の関係で品揃えがなかなか難しい。輸入品で人気の物は早くに売切れてしまうので、やはり種類を多く扱っている専門店の伊東屋まで行かないと気に入った物は手に入り難いと思い銀座に出かける。
今年の売り場で「マーク・ロスコ」のカレンダーを見たのだが、新作で気に入る作品が載っていなかったし、他のカレンダーもいいものが見つからなかったので、今年は別の物を探すことにした。










今年版の「マーク・ロスコ」カレンダーの8月作品、彼の作品はNO, と年号が入っているか、タイトルが無く、「Untitled, 1949 」と記されているかのどちらか。これはタイトルなし。カラーとそのボリュームのバランスが素晴らしく、音楽を感じる。
手帳用のダイアリーは、ここ数年間使っている゛見開き一週間メモタイプ゛(Bindex)を買い、ちょうど昼過ぎ時なので、4丁目みゆき通りのピッツァレストラン「Liana」で食事をとることにした。40代の終わりから約9年間、私は銀座7丁目にあった著作権管理会社で仕事をしていたので、銀座の町は私にとって親しいエリアであった。
Liana は焼き立てピッツァとパスタの美味しいお店で、昼食や夜のディナーによく訪れた店、ランチ時間をやや過ぎていたのでお店は混んでいなく、ゆっくりと食事できた。

ランチメニューのナスとモッツァレーラ・チーズのピッツァを食べたが、釜で焼きあげた生地はやや薄めでモチモチッとしているがサイズは大きめ。前菜のサラダとパン、セルフサービスのジュースと食後のコーヒー(紅茶)付きで1,000円也、満腹の満足だった。店内の様子も昔のまま、心地いいジャズが流れ、味も良く相変わらずの良心的なお値段。久し振りに寄ってみたが、こういうお店が昔のままあると、とても寛げる

お店のHPから拝借したピッツァのカット


中央通りを゛銀ブラ゛しながら地下鉄駅に戻る途中、「和風のカレンダーがいいかも!」と思いつき、鳩居堂で見つけたのが『誕生日の花』のカレンダー(右)。
1年365日の誕生日の花イラストと花言葉が載っているもので、NHK・FMの゛ラジオ深夜便゛で毎日紹介されている内容を編集した、とのこと。私はこの放送を聴いてはいないが、毎日楽しめそうなので来年は食堂に飾ることにした。




カレンダーを入手した機会に、゛来年のことを言うと鬼が笑う゛ではないが、ここ2~3週間の私を悩ませた体調異変の原因を色々考えてみて、今後の健康であるべき指針を建てて実行していくことにした。

そのきっかけとなるもうひとつの出来事は、この夏を越してから、私の顔の下瞼や頬に出来た小さな湿疹の治療だった。時折その部分が少し熱を帯びたように感じるので、皮膚科の医者に見てもらったら「脂漏性湿疹」との診断だった。春や秋の季節の変わり目に男性(40~60歳)に出やすく、紫外線・寝不足・不規則な生活・過労などが原因。治療にはビタミンB2・B6の摂取、黄緑野菜を積極的に取ることが必要とのこと、治療用に患部に塗る軟膏を処方してくれた。

おかげ様で、患部は快方に向かっているが、ここ半年余りの不十分な食生活や、タカバンド、ザ・タペストリーの音楽活動の多忙さ、毎週飲んで盛り上がっていた゛火曜会゛の集まり、紫外線にさらされた猛暑の自転車での外回り、身体に負荷のかかった介護サービス等々、疲労が積み重なる生活の在りかたを見直すべきだと思い至った。

健康はまず食生活、それに適度な運動が大切なのは言うまでもないが、食事をまず見直そうと決めた。私の過去のブログにも、「食養生」の大切さを載せているが、今回ページを読み直してみた。
食養生:①そのきっかけ(2008/6/25)、②理念(08/7/5)、③日々の心がけと実践(08/8/15)、④魚捌き(08/9/10)、⑤出し汁(08/9/28)、お節料理(2009/1/2)、など。

具体的な改善点としては、食養生(マクロビォテック)の本来のあり方に近付け、サボっていた食摂取をやり直すこと。例えば、黒米や雑穀入りの釜炊きご飯を良く食べること、玄米味噌の味噌汁を食べ合わすこと(発酵食品を積極的に取る、ヨーグルトなども)、出汁は、市販の物でなく羅臼昆布を水戻しして作ること、従来どおり季節の果物と野菜・海藻類を多めに取ること、豆腐・納豆・煮豆など豆食品をマメに取ること、インスタント食品は極力避けること、青魚や貝類の摂取を増やすこと...等々

バランスのよい食事により、カロリーとともにビタミンやミネラル類の摂取を増やし、身体の代謝力、免疫力、抵抗力を強めていくことで、身体疲労の快復がスムーズに進む様、心がけていくことが大切だ。趣味の楽しさも、心身の健康がベースとなる。ようやく冬気配となってきた季節を迎えて、改めて健康であるための務めを日々していこうと思っている。

2011年10月31日月曜日

久し振りの新曲は、『君は、いま輝いている』

新曲のリズムは、少しJazzy なWaltz です。
臀部筋肉疲労によるいわゆる゛ぎっくり腰゛は、思いのほか快復が長引いた。先週の火曜日(10/24)の午前中のことだったから、今日床上げをして部屋を掃除したり買い物に出たりして、日常のことが差し障り無くできるようになるのに一週間の休養が必要だった。患部筋肉の伸張と収縮がまだ速やかでないので、腰を曲げたり伸ばしたりする時には少し痛みと違和感がある。でも、かなり快復している。今朝は身体各所の筋肉を確かめながら、久し振りにストレッチをゆっくりとやった。
コルセットをして、木曜日の午後だけは仕事に出た。もう大分良くなっただろうと言う思い込みだったが、翌日の朝からは、歩くことが出来なくなった。腰痛を甘く見てはいけないのだ。絶対安静にしているのが一番なのだ。鎮痛剤貼りによる湿布は、2日程したら幹部に腫れが出て止めた。皮膚が湿布薬に負けたようだ。次に携帯カイロをタオルに包み、ズボンの後ろポケットに入れて患部を温めたが、2日程経つと、低温やけどのような発疹が出始めたので、これも止めた。一番効果のあったのはコルセットであった。着けていると身体に動きに対して、痛みが減少するのがわかった。
時間だけはたっぷりある。ここ4年程の自身のライブ録音を選んで聴いてみた。初期の歌とギター演奏の下手なこと! 自分でも冷や汗をかく思いだったが、なにか熱気のような物が伝わってきて懐かしくも面白かった。最近のバンドを組んでのライブは音の拡がりがあり、自身の歌も演奏も随分滑らかになってきたのがわかる。ただ、PAがいまひとつなので、全体の音バランスはこれからの課題と認識した。11月にライブを控えている「ザ・タペストリー」のリハを聴いてみると、少しづつ音がまとまってきているので、もうひと息だと感じた。
来年1月の国家試験に備えて、介護福祉士の受験ワークブック(分厚い上下2巻600ページ)を読み、重要項目をチェックしながら学習した。腰と筋肉の痛みはあっても、頭脳を働かせることは出来るので、ひとつの項目を読み終えたら、項目終わりにある一問一答式の問題を解いてみる。今一時間前に覚えたことをもう忘れているのにがっくりしながら、記銘したことを保持し、再び想起できるまで繰り返すしかないと自分に言い聞かせる。なにせ、介護・福祉関係の法律に始まり、心理学・家政学や、身体構造と病気の理解、老人や障害者の理解、コミュニケーション論...等々、広範囲な専門知識と技術に内容が亘っているので、大変であることは確かだ。受験など、何十年ぶりだろう。錆付いた頭脳に、鞭をくれながら取り組んでいる。
前の項(10/26)にも書いたが、今後このサービスを続けていく上で、病気の理解(その病気特有の症状や障害の出方)とそれを踏まえたサービスのあり方をもっと身につける必要を感じている。私のようにフルタイムでなく、半分ボランティアの気持ちでやっているにしても、難病の方のケアは増えてきているし、難病を抱えながらも日々生きていこうとしている利用者の方の気持ちを理解し、それに寄り添っていく態度と技術をもっと磨く必要を感じている。そのための勉強と、ひとつの形としての資格取得を思い立ったのだが、まぁ、頑張ってやるしかない。

先週の日曜日、蒸気吹き出しが壊れたまま霧吹き器で代用して使っていたスチームアイロンがとうとう壊れた。熱がまったく出なくなった。そして、今日清掃中に、クリーナーの吸い込み口に繋ぐホースのプラ金具が割れて使用不能となった。どちらも、以前住んでいた練馬区小竹向原のマンションに移る時に、リサイクル屋で入手した物だった。中古でその後13年以上使った物だから、もうとっくに元は取れているのだが、「耐用年数オーバー」とか、「金属疲労」という言葉が頭をよぎった。そう言えば、ベランダにある洗濯機もだましだまし使っているが、そろそろ寿命になる。電化製品は買い替えが効くが、人間様の身体はそういうわけには行かない。やはり、故障や怪我のあったときは身体を休めて、自然の治癒力で快復させるのが一番だと思う。色々な符丁が出て、何かが変わりつつあるのを感じているが、行く先をあれこれ仮想しながら、いい意味での心身の休養となった。

体調は最悪で、ちょうど、傷ついた野獣(例えば、オオカミ?)が巣の中で傷を舐め舐めじっと回復を待っているような時に、新しい歌が出来た。タイトルは、『君は、いま輝いている』。幻を見たのではなく、こころの中で熟成してきた思いが、歌になったのだ。
若いときに親交があり、いままた同じ思いを持って集った仲間たちの歌と演奏が、始めはよろよろ・バラバラだったのが段々まとまって、素敵なハーモニーをかもし出す様になった。まるで、音楽の神「ミューズ」に魅かれたかの様に。「♪ 若きこころ歌に乗せ、君はいま輝いている ♪」、何のことはない、我等がバンド、ザ・タペストリーのことである。サビのところは、QP村山の好きな「青春とは人生の一時期を指すのではない、心の若さを言うのだ」(ウルマン)という言葉からもらった。
私の作った曲では初めての゛ワルツ(Waltz)゛だ。ちょっとスゥィングして Jazzy なリズムにした。近々皆さんにご披露するつもりだ。皆で一緒に唄えるタイプの歌なので、ライブの時に一緒に唄えたらいいなと思っている。お楽しみに!

2011年10月26日水曜日

筋肉疲労蓄積でダウン、しばらくの休養となった。



北からの高気圧線の間隔が狭まり木枯らし一号が吹く日、私は臀部上部の筋肉を痛めて仕事は休養日となった。患部を温めるために、タオルに撒いた゛携帯用カイロ゛をズボンの後ろポケットに入れてブログを書いている。

予兆はすでにあった。先週の忙しいスケジュールの中で、身体の筋肉各所に張りが出ていて、大臀筋に強張りがあった。おまけに弁慶の泣き所の左上部歯肉が浮いて痛みが出始めていた。通常の仕事をこなす中、月曜日(10/17)は、昼間神代植物園にバラを見に出かけ、2時間以上しゃがんだり中腰で写真を撮っていた。夜は、楽しみにしていた小川尚子さんのライブに出かけ、遅くまで盛り上がっていた。
水曜日の夜は、我がバンド「タペストリー」の定例リハ、来月のライブ本番に向けて集中した3時間リハが続いた。私は本番のステージを想定して、重いギターアンプを持参し、エレベーターのないスタジオ三階まで上げ下ろししてリハに臨んだ。土曜日には、池尻の事業本社会議室で講習があり一日カンズメ、折りたたみのスチール椅子(一応薄いクッションが付いているが)にすわり、お尻の痛くなるのを我慢しつつ講習を受けた。


勤めていた商社系企画会社を定年退職する時に、その後どうするかを考えていた私に、都行政で社会福祉の仕事をしていた弟がひとつヒントをくれた。思いっきり゛音楽三昧゛の暮らしをしたいと思う反面、趣味で時間を消費をするだけの生活でいいのかという疑問と、これまでお世話になったり迷惑をかけたりの世間様に、何かお返しは出来るのではないか、という気持ちが入り混じっていた。

「もう70歳を越えている男性のヘルパーさんで、とても料理の上手な方がいて、元気で働いているよ!」、このひと言が後押ししてくれて、私は今仕事をしている事業所での講習を受けて資格を取りサービスを始めた。その後すぐ、地元狛江の地域包括支援センターでの仕事も加わった。好きな音楽や他の趣味にも傾注しながら、片方で時間の許す限り、口幅ったいけれど「世のため人のために」になるお世話していくことになった。これを私は70歳までは続けていこうと決めた。

それからもう、3年半経った。10数年続けている毎朝20分のストレッチで体調を整え、調子の落ちている時には無理しないように心がけてきた。サービスに入るには、こちらのスケジュールで選ぶことが出来るので、仕事は午前中だけのこともあるし、午後から出かけることもある。身体に大きな負荷が掛からないような予定でやらしていただいている。しかし、高齢社会では、圧倒的に生活支援や身体介護を希望する方たちが増えて来て、事業所は人手が足りない。当初は得意な料理を生かしたサービスもしていたが、事業所の要請で難度の高いサービスが徐々に増えてきている。

私の担当する利用者さんのケア・マネージャーは、元看護士さんということもあり、利用者は難病の方が多い。いわゆる特定疾患、例えばアルツハイマー病による認知症、脳神経障害のパーキンソン病、全身の筋肉が萎縮して行く筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脳血管障害による片麻痺・全麻痺、ガン末期等々...身体介護度も高いので、程度の差こそあれ当然日常生活動作(ADL)のすべてにケアが必要となる。食事・入浴・排泄・更衣・身体整容・移動・コミュニケーションなど、これは視聴覚障害や知的障害の方も同様だ。サービスを始めてから、もう両手の指を2度数える位のお世話した方たちの死を見てきている。

そして、サービスのほとんどにトランスファーという移乗・移動が伴う。ベッド⇔車椅子、ベッド⇔トイレor 簡易トイレ、車椅子⇔入浴用車椅子、車椅子⇔乗用車など。この場合、介助者は利用者の身体に密着して身体を両腕で一瞬持ち上げて移す。利用者の全体重が介助者の腕・足・腰に掛かるので、細心の注意が必要だ。この仕事の職業病として介護スタッフは゛腰痛゛を多く経験している。それを避けるためには、゛ボディ・メカニックス゛という身体機能を利用した対応技術があり、「てこの原理」や「重心の水平移動」や「支持基底面積の広さ」など、利用者の残存能力を引き出しながら、利用者にも介助者にも負担をかけない方法を使って介助することが必要となる。

やや専門的な話になったけれど、腰痛対策には私もかなり気を使い、ボディメカニックスを駆使しながらサービスしてきたので、この3年半は腰痛なしで来た。多少腕や腰の筋肉が張っても、入浴後にバンテリンなどの鎮痛消炎剤を塗布したりして予防してきたのだが。今回は、体調が万全でない中、脳梗塞後寝たきりのNAさん(残存能力はほとんどない)宅でベッドからP.トイレへの移乗時に、右大臀筋上部に強い痛みを感じ、すぐ事業所統括のHO氏に来てもらい、サービスを代ってもらった。大事をとってすぐ帰宅、静養することとなった。予約していた歯科院に夕方出かけ、歯肉炎の治療とそれをを押さえる鎮痛剤と抗生物質を処方してもらった。

いわゆる゛ぎっくり腰゛は、腰椎や筋膜、仙骨関節の損傷や炎症に伴う痛みだから、もっと身体内部のはげしい痛みがあると思うのだが、私の場合はその一歩手前の筋肉痛だと思う。普通に歩けるし自転車にも乗れる。ただし、中腰から立ち上がるときや重いものを持ち上げる時にはまだ傷むので、もう1~2日静養に努めることとしよう。

 残念ながら、美味しいお酒はしばらく控えなくてはならない。

私の好物の銀杏と葱間(葱とマグロ)が入った゛あつあつおでん゛(左)


大根もこれから美味しくなる。鰤大根と銀杏ご飯(下)

調理と撮影 by TAKA







こんな時は、前に撮った料理写真を引っ張り出してみた。
旨いお酒を早く飲みたいなぁ!

2011年10月24日月曜日

秋バラの美しい季節になった。


中輪の「花霞」(日本・F)、白の花芯から花弁の縁に拡がる斑紅色が美しい。 All  Photo by TAKA
秋バラの季節だ。10月は結構雨が多く、それも週末に降ることが多かったので、行楽に出かけるのを躊躇する日もあったが、先週の週明け月曜日(10/17)に、神代植物園に出かけた。何せ、家から近いこと(チャリで20分)と、バラの種類の多さと手入れのよさではバラ園の中でもトップクラスなので、やはりここにくることが多い。

秋バラは春バラに較べると花数は少なく半分くらい。冬を越して充分休養した春と、猛暑を越して来た秋とでは、バラの体内エネルギーも蓄えの差が出るものと思う。しかし、花数の少ない分花色は濃くきれいになるので、秋バラを見逃しには出来ない。何度も来ている植物園なのに、国産の中輪・「花霞」(写真上)が咲き揃っているのを始めて見た。ツルバラの「カクテル」をやや大きくしたくらい、一重の花弁は、白から紅への色のグラデーションがきれいでとても愛らしい。丈の低い枝と幹が密集し、花と蕾がたくさん咲き揃っている様を見て、何故かアイドルグループの゛AKB48゛の女の子たちを連想してしまった。
 アメリカーナ(米・HT)の赤色は深紅で華やぎがある。バラの赤色も、ややオレンジがかった明るい色から、黒味がかった濃い色までたくさんの種類があるが、この花色はほんとに゛真っ赤゛だ。元気の出る色だと思う(左)。










同じアメリカ産(HT)の「サマー・シャンシャイン」(右)は、゛真っ黄色゛のバラだ。黄色バラは、白色が混じったり、花弁がすぐ変色して朽ちてしまうものが多い中で、このバラはほんとにきれい。
珍しい品種(米・HT)では、男性俳優の名を付けた「ヘンリー・フォンダ」があるが、このバラもやや濃い目の鮮やかな黄色で美しい。私は六会の日大バラ園で見たが、そう言えばしばらく訪れてないなぁ。





私の好きな「マチルダ」(仏・F、写真左) 、中輪の艶やかなこのバラの良さは、蕾が開き始めた時と、花が満開になった時、そして花弁がすべて開き切って扁平になった時、全部が美しいことだ。花色も衰えることがない。私は、南仏の小柄で洒落たフランス女性が微笑んでいる様をイメージするのだが、何故かハリー・ベラフォンテが歌う「Matilda」は、カリブのカリプソ・サウンドなのだ!
♪ Matilda, Matilda, She take me money, And run Ve-ne-su-ela ♪




同じフランス産の「シルバ」(HT・右)は、明るいサーモン・ピンクの中輪種、物腰柔らかで優しい女性をイメージさせる。でも、輪郭ははっきりしているから、シャンとして物怖じしないタイプか?
勝手な想像を逞しくしたが、春バラでは見られなかった種類をたくさん見ることが出来たし、この秋も美しいバラたちと出会えて写真に残すことが出来て、とても楽しかった。

2011年10月21日金曜日

ライブ訪問記:小川尚子 青山スパイラルCAY・ライブ


ACギターを弾きながら、しゃべり・かつ踊り・唄う尚子さんのエネルギッシュなステージ All Photo by TAKA

「いつの日もタカラモノ」・オリジナルアルバム Vol.6 発売記念ライブ、とタイトルした小川尚子さんのライブを訪れた(10/17日)。場所は、青山スパイラルビルのB1F、本格的ライブステージを持つタイ料理のレストランバーCAY、表参道・青山通りに面したビルのオシャレなライブスポットだ。私も久し振りに都心の夜を満喫した。

小川尚子さんのライブを聴くのは初めてだ。YAさん(後述)に、彼がジャケット・デザインし自らもレコーディング参加した(E.G)五枚目のオリジナル・アルバム「ヒコー少年」をいただいて、その゛ストレートで飾らない゛言葉で綴られた曲と歌が、ハートの温かさと熱いエネルネルぎーを秘めていることに心魅かれて、機会があれば一度ライブを聴きたいな、と思っていた。ちなみに、ヒコー少年は、「飛行少年」であり、「非行少年」ではない、念のため。

尚子さんは三重県桑名市出身で、19才の時にミュージシャンとして一度プロデビューしている。一年の活動後紆余曲折があり、結婚、二人のお子さんを育てた後、42才でまた歌を唄い始めたと言う。現在は横浜で音楽教室の講師をしながら、東京・横浜のライブハウス中心に活動しているとのこと(HPのプロフィルより)。ステージは、その゛桑名のオネエ゛が顔出しする本音トークが絶妙で、MCは吹き出しに次ぐ爆笑で大いに湧き、自ら゛ロックン・ローラー゛と名乗るパワフルな歌にまた会場が盛り上がると言う展開。オリジナル・ソングに挟んで、昭和歌謡(東京ブギウギなど)やオールディーズの「ROUTE66」なども唄う。レパートリーの幅がとても広いのは、きっと自分のハートに響く好きな歌をジャンルに拘らずに唄っているのだろうと感じられた。

 「昭和歌謡」から『星影の小径』をしっとりと弾き語りする尚子さん、バックは7人のプロ・ミュージシャン達
尚子さん(ご自分のことを゛なおねー゛と呼んでいるが)を支えるミュージシャンスタッフの面々がまた凄い。オリジナルアルバムに参加している方たちを拝見すると、2枚目のアルバム「ギュってしてね」からメンバーが揃いだし、5枚目の「ヒコー少年」でほぼレギュラーメンバーとなったようだ。細井豊(Pf/Accord)は、自分のバンド:センチメンタル・ロマンスの音楽活動をしながら、竹内マリア・加藤登紀子・薬師丸ひろ子等のレコーディングやステージに参加。長岡敬二郎(Perc)は、日本では少ないブラジル・パーカッションとバンディエロの専門家で、小野リサや南佳孝のレコーディングやステージに参加、今年(10~12月)も小野リサの台湾・中国公演に参加してアジア各地を廻っている。並木健司(Gt)は、「ジャズギター・スタンダード」(中央アート)等の教本を出版し、ギタリスト・アレンジャーとして活躍、NHK「生き物地球紀行」のサウンドトラックCD等のレコーディングにも参加...。
3人に加えて、大西真(Ba)、深沢剛(Harp)、今回からのアルバム参加の細川泰典(Fl)、平松加奈(Vio)達とのステージは、アルバム・レコーディングの直後ということもあり、乗りのよさといい、まとまりといい、とても豊かな音の広がりと掛け合いが感じられてよかった。信頼できるスタッフに囲まれて、尚子さんはとても気持ちよさそうに歌っていた。
今回のアルバムと、尚子さん・出演者全員のサインをいただいたカバー・ジャケット。尚子さんが皆さんを廻ってサインを集めてくれた、ありがとう!
今回のステージで歌った「いつの日もタカラモノ」は、彼女の二人の娘に対する思いを素直に歌ったバラードで、カントリー・ソングのような弾む気持ちとやさしさに満ちた母の思いが溢れていて好感が持てた。同じ作詞者(カナツカケイコ)による「For my soul ~どうしても伝えたいこと~」は、YAさんとの運命的な出会いを歌にしたもので、゛♪ 恋じゃなく 打算でもなく ふたつの魂が ふと出会った ♪゛と、ロックンロールの乗りのいいリズムで彼女は唄った。前アルバムの「ヒコー少年」には、このときのエピソードが、ライナーノートに詳しく書かれている。

YAさんは、私が昔商品企画会社をやっていたときに、デザイン会社代表としてお付き合いがあった方で、有名ミュージシャンのレコードジャケットを数多く手がけていた。20数年後、難病と戦っている彼と私は介護担当として再会する。これも運命が辿り寄せた出会いとしか言いようがない。それからもう一年半以上が経つが、進行する病に勝負するかのように、今もYAさんは週何日か都心の会社に仕事で出かける。何人かの担当が交代でお世話するが、週1日私は日常生活動作をお手伝いし、会社に出かけるまでをケアする。大変デリケートで難度の高いケアだ。

尚子さんはこのステージで、前作の「ヒコー少年」、「どうしても伝えたいこと」に次いで、「王様の憂鬱」を披露した。なんと、YAさん作詞・小川尚子作曲だった。何時の間に詞を作ったのか、それだけでも驚きなのだが、彼の生きる意志を感じて私は心が震えた。

『朝起こされて、食事もお風呂も着替えも、皆が助けてやってくれる
会社へは車で送ってもらい、着けば階段を車椅子ごと持ち上げてくれる

でも本当は、自分で着替えしたい、足で階段を昇りたい、
自分でやりたいんだ でもそれが出来ない

王様は何時も思っている 感謝しているんだ
いつかそれを伝えたいと 

そして、ぼくは明日と未来に向かって行く...』

そんな内容の歌だった。頑張れYAさん


それから、今回のライブで秀逸だったのは、このバンド演奏のPAコントロールだ。尚子さんのヴォーカル音はクリアできれいに立ち上がっていた。 それを10程度とすれば、他の楽器音は7~8。生音系のヴァイオリンとフルートは楽器直結の小型コンデンサーマイク(これは私もGtで使っているのと同じタイプ・写真左と左下)、ブルースハープはダイナミックマイクで入力。ピアノは裏側と表側で2本のマイクで。なんと、パーカッション(カホンとシンバル・バスドラム)は、頭上のマイクで拾っていた(ステージ全員写真を見てね)。


ACGt、ELGt、Ba、の弦系は、すべてアンプ直結。オペレーターのK氏にちょっと聞いてみたが、生音系とエレキ系、音量の大きなドラムスやサックス音をバランスよく整えるのには、入力のセッティングに気を使いますね、とのこと。それにしても、とても心地よい音だった。見事なPAコントロールに、さすが専門家は違うね、との思いで納得した。
会場のアンコールに応えて、最後にサンバの名曲「Tristeza」を尚子さん訳の日本語とポルトガル語を交えて彼女は歌い踊った。なんと、会場のお客さんもステージ前で二人で踊りだした。゛♪ ラララァ~ラ、ララララァ~ラ ラ~ラ ♪ ゛皆で楽しく一緒に唄った。この歌はライブのラストで唄われることが多いが、長岡氏のバンディエイロがリズムを刻み、並木氏のボサノヴァ・ギターがコードを刻み、会場は湧きに湧いて、エンディングにふさわしい盛り上がりとなった。
後日彼女のアルバム情報に目を通していたら、ファーストアルバム「月の輝く夜に」には、我が師匠・中村善郎がGtでレコーディング参加しているではないか! 彼女はボサノヴァギターを中村善郎に習ったとのこと。それでは、私と彼女は同じ師の門下生? ということで、また彼女に対する親しみがグ~ンと増したのだった。
以下、小川尚子さんのHPアドレスを載せておきます。