2019年2月21日木曜日

『奇想の系譜展』(東京都美術館にて開催中)は、なかなか面白かった。




「江戸のアヴァンギャルド 一挙集結!」と名打った絵画展だが、「当時の武家御用絵師集団の狩野派や、京都
宮廷絵所預かりの土佐派」(小林忠・浮世絵の構造より)、いわゆる主流派から外れた傍流の絵師達の作品を集め
企画展なので、私としては興味津々だった。画像は本展の入場チケットと所蔵美術館HPより。



本展タイトルの「奇想の系譜」とは、美術史家・辻惟雄(つじのぶお)氏著の『奇想の系譜』(1970年刊行)に基づくも

で、伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)・曽我蕭白(そがしょうはく)・長沢芦雪(ながさわろせつ)・岩佐又兵衛(いわさ

またべえ)・狩野山雪(かのうさんせつ)・白隠慧鶴(はくいんけいかく)・鈴木基一(すずききいつ)・歌川国芳(うたがわ

くによし)等8人の江戸絵師たちの作品を集めたものだ(名前を覚えるだけでも大変!)。開催概要には、「豊かな想像

力、奇想天外な発想に満ちた江戸絵画の新たな魅力を紹介します。」と謳っている。日本各地の美術館・個人蔵・

海外コレクションを集めて、113点の作品が展示されているので、とても見応えがあった。


浮世絵版画を中心とする江戸美術に興味を抱いていた私は、若冲を知ってその作品を見たいと長年思っていた。

2016年4月に同美術館で開催された「生誕300年記念 若冲展」を残念ながら私は見ていない。宮内庁所蔵の伊藤

若冲「動植綵絵」30幅が出品されたことと、主催者側の大々的な宣伝によって観客が殺到したために、開館時間

前すでに「3時間待ち」の長蛇の列だった。2度出かけて2度ともあきらめた、という苦い思いでが残っている。

の秋には、日仏友好160周年記念行事として、パリのプティパレ美術館に「動植綵絵」30幅が出品されパリ

っ子たちの関心を大いに集めたと聞くが、元々京都相国寺に若冲が制作寄進したこの「動植綵絵」が、明治維新

後の゛廃仏毀釈゛による財政難を補うために、相国寺から皇室に売却された、という経緯がある。そのため、宮

内庁の丸尚蔵館にひっそりと眠っていて、門外不出品として一般人の眼に触れる機会がほとんどなかったのだ。




伊藤若冲の「旭日鳳凰図」(宝暦5年)、「動植綵絵」の制作に取りかかった2年前の作品だ。二羽の鳳凰と極彩の
羽色・老松の幹と苔色・波飛沫と文様・真っ赤な旭日と雲文様、超密度の表現が画面全体に及び、グラフィック化
された高度なバランスと画面構成は、他の追従を許さない。岩絵具本来の落ちついた色合いは、写真撮影によっては
なかなか再現できないが、これが見られただけでも来た甲斐があった。



今回集められた若冲作品は18点、「動植綵絵」はなかったが、墨画の「鶏図押絵貼屏風」は12体の鶏を筆で一気に

描いたもので勢いがあり、また「象と鯨屏風」は筆致がユーモラスで楽しめた。「糸瓜群虫図」は、緑色の瓜と虫

たちが同化したように見えるが、11匹もの虫や蝶が描かれていると知ってびっくり! 広い展示室を3階分ゆっくりと

見て周ったら、あっという間に時間が過ぎた。若冲以外の絵師たちの個性が感じられる作品とレイアウトは、人気の

浮世絵版画(広重や北斎・歌麿など)とはまた一味も二味も違ったものなので、興味深かった。




鈴木基一の「四季花鳥図屏風」、本阿弥光悦と俵谷宗達が創始し、尾形光琳・乾山によって発展した「琳派」は、江戸
時代後期に酒井抱一と弟子の基一に受け継がれ、その都会的洗練性と装飾性が増した、という。芥子の花・立葵・菖蒲
・辛夷など、季節の花の゛凛とした゛風情が、金泊のゆとりある空間に点在し、文様化した群青色の池水が画面を締め
ている。私が金持ちのコレクターだったらお買い上げです!





歌川国芳の浮世絵版画「宮本武蔵の鯨退治」(大判三枚続)、まったく奇想天外の世界だが、武蔵が鯨を退治する
という荒唐無稽のテーマは、江戸庶民には喝采ものだったのだろう。波の文様・鯨の皮の水玉模様はチョー・グラ
フィックで面白いし、青と黒・白の色コントラストも鮮やかだ。



2019年2月11日月曜日

逆転また逆転! アスリート魂が戦いを制した。(2019四大陸選手権より・その2.女子シングル)




左手指亜脱臼のケガを克服し、FS冒頭の3Aを成功させた紀平梨花、これで国際試合5連勝と言う勝負強さは、今までの
日本女子選手には少なかった たくましい「アスリート魂」をアッピールする。鍛え上げた゛おんなマッチョ゛の筋肉も、
高難度の3Aを軽々と成功させる原動力だ。画像はISU.HPより。



2019四大陸選手権・女子シングル戦SP(ショートプログラム)が終了した時点では、1位:ブレイディー・テネル(米20歳)、

2位:坂本花織(日18歳)、3位:マライア・ベル(米22歳)で、紀平梨花(日16歳)は3Aアクセルの失敗があり5位、E.トゥル

シェンバエワ(Kz18歳)は6位、三原舞依(日19歳)は8位だった。圧倒的にアメリカ勢有利と思われたのだが、FS(フリー

スタイル)では、トップグループが全部ひっくり返り、結果は優勝が紀平梨花・2位:トゥルシェンバエワ・3位:三原舞依

という大逆転の結果となった。こんなケースはとても珍しいのではないか。





今回の表彰台は、金メダル:紀平梨花・銀メダル:トゥルシェンバエワ・銅メダル:三原舞依の3選手、三原舞依は2017年
3・2018年2位に次ぐ3度目の表彰台だ。E.トゥルシェンバエワは、今季コーチをロシアのE.トゥトベリーゼ(カナダ
B.オーサーから)に替えてから、果敢に挑戦したFS冒頭の4回転Sサルコウこそミスしたが、ジャンプの精度が上がり
好成績に繋がっている。



スポーツ紙が伝える試合後のインタビュー記事(サンケイスポーツ)で、ー演技の終わった瞬間に拳を握ったが?ー

の質問に対し、「最後の最後まで点数を落としたくない、絶対にミスが許されないと思っていた。(ジャンプは)

全部立った。素直に喜べてガッツポーズが出た」と紀平は答えている。―逆転できると思っていたか?-に対して

も、「SPが終わってから巻き返したいと思っていた (中略) 全部跳ぶと言う気持ちを大事にした」と答えた。16歳

の高校生ながら、試合度胸と勝負魂にはすざましいものがある。実際にFSでの3Aを含めたジャンプ7本(3Loループ

の小さなミスを除く)はすべて加点が付くものだったし、Sp・Stもすべてレベル4、PC(演技構成点)は全て8点代

後半以上、テーマ曲「A Beautiful Storm」の音楽表現については9.0を獲得している! かくして今季のFS最高得点

153.14・合計221.99(自身の持つGPファイナル:233.12には及ばないが)での逆転優勝を得たのだった。3Aという

類まれなる武器を持ちながらも、全体的にとてもバランスの取れたスケーターであり、なおかつ強烈な゛肝っ玉゛

というか、アスリート魂を培ってきた紀平梨花が、「おんな羽生」のごとき素晴らしい選手に成長していったくれ

たらいいな、と声援を送りたいものだ。




柔らかで伸びのある演技が三原舞依の持ち味だ。SP8位からの巻き返しも見事だった。FS冒頭のCoジャンプの
小さなミスを除けば、ほぼ完ぺきの演技だった



最終グループ一番滑走の紀平梨花が、高得点を出したのがプレッシャーだったのか? B.テネルの演技はなぜか
身体が硬く跳び急ぎが見られた。ジャンプの回転不足がひびき得点が伸びずに今回の表彰台を逃した。



 
坂本花織もどこかぎこちなかった。試合後のインタビューで「何点取れば優勝できるか、と数えてしまった」と
漏らしていたが、やはりプレッシャーに潰されたのか? 2018全日本女王のプライドを取り戻してほしいものだ。


もう一つの世界選手権前哨戦である欧州選手権(今年1月下旬開催済)では、S.サモデュロワ(ロ16歳)がほぼノーミスの

演技で優勝し、SPトップのA.ザギトワ(ロ16歳)はFSのジャンプで回転不足が多く得点が伸びずに2位となった。成人

女子への身体変化に直面するザギトワの不振は、台頭するロシアジュニア選手達にも共通する課題だ。何人のゴールド

・メダリストや表彰台を飾った選手たちが、若くして(それも20歳前に)競技会の第一線から去っていったか。それ程

に選手同士の競争が激しい面と、コーチたちも次から次へと上がってくる有能な少女たちを育てるのに追われ、一人

の選手を熟成させていく視点と余裕を持てないでいるように見える。A.レオノワ(2012年世界選手権銀メダル・2018

年GP.NHK杯7位、28歳)や、E.トゥクタミシェワ(2015年世界選手権金メダル・2018年GP.カナダ杯優勝、22歳)のよう

なケースはロシアではまことに希だ。



サモデュロワの持ち味は、ミスの少ない演技の安定性だ。ただ、ロシア・トップ選手たちの実力は伯仲しているので、
誰が抜きんでて来るかは予断を許さない。


ザギトワの不振は、身体変化のためにジャンプが安定しなくなったことだ。巻き返しを図ってまた表彰台に上って
くるのか? ただ、有能な少女たちを抱えるE.トゥトベリーゼ・コーチの元で、建て直しが可能だろうか? メドベーデワ
のように、心機一転別のコーチの指導をあおぐ道もあるのでは?



3月の世界選手権では、日本女子選手3人(紀平・坂本・宮原)とロシア女子選手3人(サモデュロワ・ザギトワに、トゥ

クタミシェワかメドベデワのどちらか)の表彰台争いになるだろうが、そこに、アメリカ勢2人(テネルとベル)が食い

込んでくる可能性もある。恐らく一つのミスが命取りになる様な熾烈な戦いとなるだろう。女子シングル戦も、その

動向に興味は尽きない。





昨年12月のロシア選手権を制したのは、A.シェルパコワ(金.14歳)・A.トゥルソワ(銀.14歳)・A.コストロナイア
(銅.15歳)のジュニア選手たちだった! ザギトワもサモデュロワも蹴とばして勝利したジュニア勢は、4回転ジャンプ
(高難度の4Lzルッツ)を2人が成功させている。これを評して「あな、恐ロシア!」とツィートした方もおられたが。
この影響は少なからずシニア戦にも波及してくるだろう。




【 ついでに 】フジテレビの朝の情報番組に、元フィギュアスケーターの中野友加里さんが解説者として出演していた。
浅田真央とともに3A(3回転アクスル)の成功者として人気のあった選手だが、2010年に現役引退した後フジテレビの
制作局で仕事に従事しているとのこと。歯切れのいいコメントをして解説する姿は、とても懐かしい気持ちと、元
選手ならではの独特の視点でこれからも画面に登場してほしいと思わずにはいられなかった。


<この項終わり>



逆転また逆転! アスリート魂が戦いを制した。(2019四大陸選手権より・その1.男子シングル)




FS演技終了後、すべてを出し切って氷上に倒れ込んだ宇野昌磨、SP4位の不出来を逆転するまさに渾身の演技だった。
画像はISU(国際スケート連盟)のHPより



アメリカ・カルフォルニア州のアナハイムで開催された「フィギュアスケート・4大陸選手権」(ヨーロッパ・ロシア

以外のアフリカ・アジア・アメリカ・オセアニアからの参加選手による国際大会)は、今年1月にベラルーシュ・ミン

スクで開催された欧州選手権とともに、2019世界選手権(今年3月埼玉にて開催予定)の前哨戦と位置づけられる。実

際には、北アメリカ(米国・カナダ)とアジア(日本・中国・韓国)の有力選手の試合となっているのが現状だ。今大会

には、オリンピック連覇の金メダリスト羽生結弦が足首怪我のために不参加、また、昨年12月のGP(グランプリ)

ファイナルと今年1月の全米選手権を優勝したネイサン・チェンの不参加(イェール大学の学業優先、と伝えられて

いる)により、私自身も試合への興味をややそがれていたが、ふたを開けてみたらとてもスリリングで高度な技術レベ

ルの試合となったので、TV中継や試合後のYouTube動画を見ていても大いに楽しめた。


男子シングルを制したのは宇野昌磨(日20歳)だった。昨年12月の全日本選手権では、右足首ねん挫のケガを乗り越

えて見事な優勝をなし遂げ、「彼の勝負魂は本物になった!」と私はこのブログに記したが(2018/12/30 「F.スケート

2018全日本選手権の、ドラマチックな好勝負を堪能した」参照)、羽生もチェンも不在なこの試合は彼にとって優勝

は容易だとも思われた。しかし、全日本選手権後の試合練習中に三度のねん挫を繰り返し、充分な練習が出来ずにこ

の大会を迎えざるを得なかったという。はたして、SP(ショートプログラム)はジャンプのミスが続き演技に精彩を

欠き4位だった。しかし、FS(フリースタイル)では、4回転ジャンプ(4Fフリップ、4Tトゥループ、4T+2T)と3Aア

クセル、及び3回転ジャンプとCoコンビネーションをすべて決め(Coの3Fのみ減点)、スピンもステップもレベル

4、PC(演技構成点)もすべて9点台、合計197.36の今季最高FS得点を叩きだしたのだった。SPとの合計点:289.12

の高得点も、今季GPフィンランド杯・羽生結弦の297.12に次ぐものだ。演技終了後に、すべての力を出し切ったか

のように膝から氷上に崩れ落ち、しばらく立ち上がれなかった(9秒間とのこと)宇野の姿も初めて見たし、まさに

「渾身の演技」だった。その気迫と言うか、アスリート魂を傾けた゛勝負士゛を見た気がした。気持ちとか気合

とかとは一段と次元の違う゛魂の領域゛に入ったのだ。それは、シルバーコレクター゛の名前を返上した見事な

逆転優勝だった。


ロスアンゼルス・タイム誌は、国際試合での初優勝を「宇野がベートーベンの『ムーンライト・ソナタ』に乗って、

ほぼ完璧な演技を終えた時、彼はもう、まるで身体の中にもう吐く息も進む力も残っていないかのように、ホンダ

センターの氷上に膝をついた」と伝えている。テーマ曲の「月光」はゆったりとしたピアノ曲だが、こういうスロー

なバラード曲は演奏や歌唱が一番むずかしいことを、音楽に携わっている方はよくご存知のことと思う。すなわち、

細部に亘ってしっかりと表現しないと聴く人に伝わらないのだ。アップテンポの曲なら、多少ごまかしてもリズム

に乗れば何とかなるのだが、バラードは真の実力を問われるからごまかしが効かない。宇野昌磨の「月光」は、ジャ

ンプの入り・空中姿勢・着地までとても滑らかだったし、Spスピン・Stステップも手先の動き・間の取り方・身体

の切れ具合まで、観戦していても上質のワインを飲んでいるような極上感があった。彼もようやく、゛ゆづくん゛と

堂々と渡り合えるレベルになってきたか! と私は感無量だった。




今季怪我のため低迷していた金博洋も復調してきた。FS冒頭の4Lzルッツのミスはあったものの、その他のジャンプ
(3Aと3回転ジャンプ・Co)をすべて決めて気を吐いた。ジャンプだけでなくSp・Stも改善されて来た。何といっても
2016年と2017年の世界選手権銅メダリストだ。今年3月の世界選手権でも表彰台に絡んでくるか?



「4回転ジャンパー」の異名に甘んじていたヴィンセント・ゾウも、そのジャンプ精度を上げて来た。SP1位(最高
難度の4Lz+3Tを決めて100,18)でそのまま突っ走るかとの期待もあったが、FSではジャンプのミス(回転不足)を繰り
返して得点が伸びず、総合3位に終わった。もう一人5位に食い込んだジェイソン・ブラウンとともに、アメリカ勢も
層が厚くなった。




4大陸選手権の表彰台は、宇野昌磨(金・日20歳)・金博洋(銀・中21歳)・ヴィンセント・ゾウ(銅・米18歳)の3人
だった。FS最終グループ一番滑走の宇野昌磨の演技(今季最高の高得点)は、彼に続く他の5人に相当なプレッシャー
を与えたものと思う。熾烈で高レベルの戦いはとても見応えがあった。



さて、2019世界選手権には、羽生結弦(日23歳)とネイサンチェン(米19歳)が出場してくる。果たしてどんな戦いになる

のか? 今年1月下旬に開催済みの、もう一つの世界選手権前哨戦である欧州選手権では、J.フェルナンデス(Sp.27歳)が

優勝し、競技会からの引退に花を添えた。A.サマリン(2位.ロ20歳)とM.リッツォ(3位.伊20歳)は、果たして世界選手権

の表彰台に昇ることが可能だろうか? フェルナンデスの良きライバルでもあったP.チャン(カ27歳)もすでに引退して

いるから、恐らく羽生・宇野・チャンのトップ3で争われる可能性が高い。今から興味は尽きないのだ。


 羽生結弦の右足首は、度重なる負傷でもろくなっているのではないか? という不安をどこまで乗り越え、体調を
整えて来るのか。彼も゛半端ない゛勝負魂の選手だ。宇野・羽生・チェン、三つ巴えの試合が実現するのをぜひ
見てみたい。


2019全米選手権を優勝したチェンの総合得点は、なんと342.22だ。GOE(出来栄え点)が通常よりかなり高い国内評価
なのでそのまま鵜のみにはできないが、4回転4本を含む全てのジャンプを成功させての高得点なので脅威ではある。



フェルナンデス、長い間お疲れ様でした! FSの4Sサルコウと3Aアクセル、クォリティの高い素晴らしいジャンプでした。


<この項つづく>