2019年1月22日火曜日

『剣客商売』全シリーズを読み直した。





池波正太郎作『剣客商売①』(上段右)から『剣客商売⑯ 浮沈』(3段目中)までの全シリーズ16冊と、『剣客商売番外編
 黒白上・下』(3段目左)、及び『剣客商売 読本』・『剣客商売 包丁ごよみ』・『江戸切絵図散歩』(下段)の文庫集。
『剣客商売番外編 ないしょないしょ』のみ手元にはないが、今も時折読み返す私の愛読書だ。 All Photo by TAKA



正月開けて早々、三が日を避けて遅めに出かけた初詣の混雑のなかで風邪菌を拾ったらしく、鼻と喉をやられ鼻水・

痰・咳が止まらず外出を控えて家で静養することとなった。熱は平熱のままなのだが身体のだるさもあり、ごみ箱

から溢れるティッシュを横目に、薬を飲んで回復を待った。そのおかげで10日程で全快したが、外に出られぬ分暇

つぶしにインターネット・ラジオを聴きながら、池波正太郎の『剣客商売』を読み始めた。実際読み始めてみた

ら面白くて、とうとう全シリーズを読んでしまった。丁度読み終わる頃に体調も回復したので、普段なかなか読め

ない本で『剣客商売』の舞台となる江戸の街や村のあちらこちらを歩き回ったような、爽快で楽しい気分に浸るこ

とが出来た。


『剣客商売』は、『鬼平犯科帳』・『仕掛け人 藤枝梅安』とともに池波正太郎の代表作となる人気シリーズであり、

TVドラマとしても放映されていたので、多くのファンがおられると思うが、かく言う私も一時CSチャンネルの

「時代劇チャンネル」でこのシリーズを見たり録画したりしていた。再三に亘ってシリーズ作品を見終わったので

現在は契約していないが、BSの再放送で時折覗いたりもする。40歳も若い女房のおはるにかしずかれて、鐘ヶ淵の

隠宅に暮らす剣の名人秋山小兵衛が、色々な事件に巻き込まれて(あるいは首を突っ込んで?!)それらを解決する

ために振るう剣の冴えは、読み人の心を躍らせるし、その一子で謹厳実直な大二郎が、女武芸者の三冬と夫婦になり、

融通無碍(ゆうづうむげ)な父小兵衛を理解し次第に剣士としても人間としても成長していく姿も魅力に溢れている。

ある意味では父子の絆の深まりがこのシリーズの大きなテーマであるのだが、小兵衛とおはるの会話もユーモアに

富んでいて楽しいし、大二郎と三冬のやり取りも剣士同士の心意気が感じられて微笑ましいのだ。




『剣客商売読本』の裏表紙に印刷されている大江戸の「今昔地図」、現在の東京と較べながら、主人公たちの足取り
をたどることが出来る。現在から230年ほど前の江戸の街々と田園や大川(隅田川)・海岸地帯の風景を想像しながら
話の筋を追っていくのも楽しい。



長年に亘り新国劇の脚本を手掛けていただけあって、池波さんの小説に登場してくる人物の輪郭はとてもはっきり

している。風貌や仕草、体格や動作などもイメージしやすい。キャラクター性が際立っている、というか、作者の

描写力の冴えが巧みなのでついつい引きこまれてしまうのだ。手裏剣の名手杉原秀、うなぎ売りの又六、また御用

聞きの弥七、下っ引き傘徳(傘屋の徳次郎)など、登場人物が生き生きしている。話のやり取りも、舞台の芝居を見て

いるようなメリハリがある。

加えて季節の描写も、「冷たい風に、竹藪がそよいでいる。 西に拡がる田園の彼方の空の、重くたれこめた雲の

裂目から、夕焼けがにじんで見えた。」『(剣客商売』冒頭)...短い文章で簡潔に描かれているし、「それは、鶯の声

ものどかな、春の昼下がりのことであったという。」(『三冬の乳房』終章)...など、文章の達人とも言うべき磨き抜

かれた言葉がしたためられているのだ。


また『剣客商売 包丁ごよみ』一冊にまとめられた料理レシピと写真は、このシリーズで描かれた料理を、近藤文夫

(元「山の上ホテル」料理長、現在銀座「てんぷら近藤」店長、TVドラマの料理を監修)が再現したものだが、こ

江戸料理と和食のレシピは私自身にとっても座右の銘で、実際に作ってみて楽しんでいる。おはるが作る季節の

料理や、元長(板前の長治とおもとが開いている料理屋)が出してくる料理の数々も、地元野菜や江戸前の新鮮な魚介

類を使った品々であり、お酒と共に食す風景は思わず喉を鳴らしてしまいそうな魅力に溢れているのだ。「まず、

鯛の刺身であったが、それも皮にさっと熱湯をかけ、ぶつぶつと乱切りにした様なものだ。これで、四人が盃を

開けた。『ま、ゆるりとやろう』」(「春の嵐」より)... 



『①剣客商売・女武芸者』の初出は「小説新潮」昭和47(1972)年1月号で、作者49歳・小説の中の小兵衛59歳・お

る19歳だが、最終作は「小説新潮」平成元(1989)年発表の『⑯剣客商売・霞の剣』で、作者66歳・小兵衛67歳・

おはる27歳だ。18年間に亘って連載したこのシリーズは、翌平成2(1990)年5月、作者の急逝により絶筆となった。

物語は、安永6(1777)年に三冬の危機を小兵衛が救うことに始まり、天命5(1785)年杉原秀と又六が夫婦になること

で終わるが、作者の執筆年間と物語り年間がともに18年間、作者没年齢と物語り上の小兵衛の年齢がともに67歳と、

奇しくも同じなのが驚きと言わねばならない。翌天命6(1786)年は、小兵衛の理解者でもあり三冬の実父田沼意次が

失脚し、江戸幕府は混乱の幕末時代に入っていくのだが、「鬼平犯科帳」と「仕掛け人・藤枝梅安」と並行して、

この「剣客商売」を書き続けた作者のエネルギーの凄さを今改めて感じずにはいられない。作中に一人として同じ

様なキャラクターは登場せず、剣の技の表現の巧みさと季節の移ろい・江戸料理の描き方も秀逸だ。そして、筋立

ての面白さや場面転換の上手さなど、超一級のストーリー・テーラーだった彼の作品を時折読み開いてみると、

日頃の煩わしさや疲れを忘れて、本当にリフレッシュできる。今回、体調を落としたことが機会で『剣客商売』を

全部読み直すことが出来たのは、天が与えてくれたプレゼントだったような気がするのだ。



<追記>
TVドラマ『剣客商売』のテーマ音楽については、バロック音楽の名曲を使用していることを以前のブログで触れた
ことがある。「アダージョDマイナーと、アダージョGマイナー」と言うタイトルで、2010年2月7日付けの記事です。
興味ある方はそちらも覗いてみて下さい。

https://jovialtaka.blogspot.com/2010/02/dg.html



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