2009年12月21日月曜日

江戸の心意気、仕事人の矜持


司馬遼太郎 ー 藤沢周平 ー 佐伯泰英、と続いている私の時代小説好きは、その作家のほぼ全作品を網羅して読み、好きな作品は三度くらい読み返す、というものだ。さすがにどっぷり浸かって読むと、しばらくはその作家から離れたくなる。 

ところが最近、書店で何か面白い本は、と探していたときに、山本一力(いちりき)の本と出会った。これがまた、楽しい。読み終わると何かすっきりとした気持ちになる。こんな作家も珍しいと思う。
氏の存在は、私のブログで「飽食の五段活用」(2008.5.16)を書いてから、なぜかいつも頭の隅に引っかかっていたのだが、ようやくのこと対峙することが出来た。

舞台はほとんど江戸深川が中心、庶民の町だ。ただ、大橋を渡れば浅草や日本橋の繁華街、お城の周りの武家屋敷や札差の米蔵などもある。『道三堀のさくら』は、深川の大店や長屋に水を売る゛水売り龍太郎゛が主人公。当時埋立地で開拓された深川は、井戸を掘っても塩水で飲料水がなかったので、商売の水も普段の飲み水も水売り人から毎日買ったのだ。そんな商売があること自体とても興味を引かれる。龍太郎が毎日お客に美味い水を届けるための苦労が描かれるとともに、日本橋の大店が蕎麦屋を出すときに、美味いそばを打ち、美味い漬け汁を作るための、一ランク上の水を作り出す工夫がまた面白い。水売りの仕事に誇りを持って、次から次に起こってくる難問に立ち向かう龍太郎の姿に、江戸職人の心意気を感じる佳作となっている。


山本氏の作品はまだまだ沢山あるので、楽しんでこれからも読んで行こうと思うが、『梅咲きぬ』は山本作品にも度々登場する、深川の料亭「江戸屋」の三代目秀弥とその娘玉枝の物語。老舗の女将秀弥は、江戸女の典型とも言える゛いいおんな゛、立ち居姿のみならず、客へ気使い、女将としての矜持、その心意気など、今の日本人の多くが失ってしまったものを考えさせてくれる稀有のキャラクターだ。その母から娘へ受け継いでゆく゛志ーこころざし゛は、巻末で女優の田中美里が解説しているように「生きる姿勢を正してくれる教本」と言うのもうなずける。


『損料屋喜八郎』の商いは、今で言う゛質屋゛のようなもの、庶民相手に鍋釜や小銭を貸して生業としている。この゛損料屋゛という商いも耳新しいのだか、実は元同心。上司の不始末の責めを負って職を辞したが、表の商売を続けながら様々な職についた仲間を束ねて探索組織を動かし、難事件を次々と解決する。でもそこには、損料屋としてのプライドとわきまえがあり、人情味溢れる結末はには心がとても和む。


山本氏は、土佐の高知出身の゛いごっそう(頑固者)゛だとのこと。都内高校卒業後、旅行代理店、広告制作会社、コピーライター、航空会社関連の商社勤務など十数種の職を経た後、49歳で作家デビューをした。作家になった理由が、自分で経営していた会社が背負った二億円の借金を返すため、というのが振るっている。こんな作家も珍しい。エッセイ集の『おらんくの海』は、あの、゛おらんくの池には、塩吹く魚がおよぎよる゛、という゛おれの家゛がタイトルになっているが、抱腹絶倒、ほのぼのにして、これはしたり! というエピソードが一杯。氏のキャラクターのいごっそう振りと誠実さがうかがえて楽しい。

海の向こうでは、゛金融工学゛というあたかも高尚な美名を元に、まやかしの金融マジックが生んだ「マネー・モンスター」が暴れまくった。その害毒が世界を空前の不況に陥れた。マネー資本主義は、恐らく金が金を生む幻想を追い求め続けるだろう。人間は同じ過ちを何度も犯す。上昇主義と一握りの人間が成功し巨額の富を得る構図は、自分の日々の仕事に汗をながしつつも、助け合いながら慎ましくまた誇り高く生きる江戸職人の姿の対極にある。

しばらく氏の作品で、時代小説の面白さを味合わせてもらえそうでわくわくしている。「魂の仕事人」というインタビューシリーズで、氏のことを紹介しているので、気になる方は覗いてみてください。
http://www.jinzai-bank.net/careerlab/info.cfm/tm/041/

0 件のコメント: