▢広葉樹や芝生・草花が配置された中庭、ベンチもたくさんあって、昼休みは近々オフィスの
OLさん達が、お弁当を広げていた。右の赤レンガの建物が美術館 Photo by TAKA
酷暑の続く夏の一日、丸の内の三菱一号館美術館に出かけてみた。スイス生まれ、パリで活躍した画家・
ヴァロットンの日本初公開の絵画展を見に行ったのだが、この美術館も、ヴァロットンも初めて見るものだった。
一度解体保存されていた古い赤レンガ造りのビル(1894年建設)を建て直し、美術館としてオープンした
のが2010年、以来年3回の企画展を開催しているとのこと。丸の内地区が再開発され、古いビルが新しい
オフィスビルになるとともに、国内・海外の有名ブランドショップと飲食店がテナントとしてたくさん入り、新たな
賑わいを取り戻していることをニュースで聞いたりしていたが、こちらは都心にとんとご無沙汰だった。地下鉄
駅から美術館への街並みも、街路樹が枝を伸ばし木陰を作り、歩道も広くてとてもきれいになっていた。
美術館の中庭は、沢山の木々と芝生・草花が植えられていて、ちょっと都心のオアシスみたいないい雰囲気
だった。美術館所蔵のヴァロットン版画作品60点と、ヨーロッパ各地の美術館(パリ・オルセー美術館、
スイス・ローザンヌ州立美術館など)から集められた60点の油彩など、計120展の作品が、2階と3階の各
展示室に出品されていて、1時間半程ゆっくりと見て回ることがで来た。
絵画史の主流からは離れているし、日本でも初めての回顧展と言うこともあり、出品作品は多岐に亘って
いたが、ほとんどが初めて見るものだった。テーマも肖像画(自画像も)、裸婦、歴史画、風俗画(パリの
風景・娼婦館・自宅の部屋等)、黒白版画など、よくまぁあっちこっちから集めてきたね、と感心してしまったが...
美術展の企画者たちも、「裏側の視線」とか、「解けない謎の様な重層的な作品群」とか、「冷ややかなエロス
をまとう裸婦像」とか、いろいろキャッチフレーズをつけてくれているが、確かに一筋縄ではいかない絵画
精神を感じた。
▢ヴァロットンの油彩・「赤い服を着た後姿の女性のいる室内」、見れば見るほど不思議な絵だ。
拡大してみるとよく解る。 美術館パンフレットより(他作品も同じ)
上に掲げた画像の「赤い服を着た~女性~」の絵も、よく見るとまともな遠近法ではない。ドアの垂直線は
左に歪んでいるし、奥の部屋入り口の縦桟とカーテン、壁紙柄も同じ。前の部屋の横椅子と奥の部屋のベッド
の焦点もずれて歪んでいる。水平線の天井の張りはわずかに左の傾き、3段のステップは逆に右に傾いて
いる。壁にかかったフォトフレームも右に傾いでいるし。脱ぎ捨てられた衣類や乱れたベットのカバーなどは
まるで情事のあとの様(娼婦館なのか?)。それを見つめる赤いロングドレスの女は誰なのか(画家の妻、
それとも画家の分身)? 歪んだ世界からは、熟れて饐えたような匂いが漂ってくるが、この構図を描く筆の
タッチも、赤服とグレーイッシュな緑のドアと壁を塗った色彩構成も、画家の技量が、並外れて優れたのもの
であることを示している。なぜこのような絵を描いたのか? この絵を見続けると、立ち眩みに襲われるような
違和感と覗き見をしているような変な胸騒ぎにを覚えるのだ。
▢鮮やかな色のコントラストを背景に描かれた「肘掛椅子に座る裸婦」、よく見るとこの絵も何か変だ。
この作品に描かれた肘掛椅子は右の肘掛があるだけで、本来あるべき左側がない。よしんば片肘掛けの
椅子だとしても、垂れ下がった左の乳房と左手が、椅子に溶け込んでしまっている。椅子の横幅に対して
背もたれ幅が狭く、しかも背の縁線が見る側からして右下がりして見える。壁の垂直線と床の巾木は、まともな
遠近法で描かれてれているに、この奇妙な空間のゆがみと裸婦の実在感のなさは何なのだろうか?
ヴァロットンは、スイスの大学で古典を学んだあと、パリの私立美術学校「アカデミー・ジュリアン」で美術を学
んだ。官立の美術学校「エコール・ド・ボザール」(日本の東京芸大に当たるか)と、サロン・ド・パリ(フランス・
アカデミーによる公式展覧会)の流れとは違う、自由で前衛的な芸術活動に身を置いたようだ。彼の母校の
仲間たちが結成した「ナビ派」に彼も参加し、20代から30代にかけて、彼は多くの絵を描き、美術批評を書き、
革新的な木製版画(後に゛グラフィック・アート゛と呼ばれる先駆的作品)を数多く作った。
ポスト・ナビ期(40代以降)には、風俗画・裸体画・肖像画を描きながら、美術批評や戯曲・小説も手掛けた、
と言うから、とても多彩な創作活動を続けたマルチ・アーチストだったようだ。(プロフィルはWikipediaより)
<この項続く>
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