▢2枚の写真を合成して描いたという作品・「ボール」、ボールを追う少女と後方の2人の人物
との焦点は全くあっていないし、覆いかぶさる木の枝に影はなく、左側から大きく伸びた木陰と
少女の影も不自然。まるでだまし絵の様な不思議な作品だ。 (美術展チケットより)
産経ニュース「美の扉」に掲載された、『何かが起こる、胸騒ぎの光景』(フェリックス・ヴァロットン財団〈スイス〉
名誉学芸員・マリナ・デュクレさん講演)によると、ヴァロットンは34歳の時に、ユダヤ人大画商の娘で3人の
子持ち女性と結婚したという。兄がスイスで画商をしていたので、その繋がりかもしれないが、パリ住まいの
大富豪の邸宅で血の繋がらぬ3人の子供たちと一緒に暮らす生活は、どんなものだったのだろう? 恐らく、
義父を通した絵画注文も沢山あっただろうし、お金には全く不自由しなかったと思われるが、作品タイトルに
しばしば登場する「嘘」とか「お金」とか、「怠情」とか「狼狽」とか、「トルコ風呂」とか「もっともな理由」とか...
鬱屈し解放されなかっただろう生活の中で、巧みな技法を駆使して作品を描き続けた画家の心の在り様が、作品の
歪みや毒のある諧謔、緊張感のある画面に集約されているように思える。
▢美術展パンフレットより(他も同じ)
彼の作品群の中で、黒白の木製創作版画は秀逸のものだと思う。「アンティミテ」と題される一連のモノトーン
版画は、陰影やグラデーションを排した大胆なフレーミングで、ブルジョワの都会生活シーンを切り取り、
密会劇を覗き見するような驚きと不安が画面に漂っている。上の『お金』は、漆黒の闇が画面を支配し、
いきなり男のシルエットに直結するという画面構成、今夜の情事の交渉なのか、または、女性を口説くための
金銭提供の申し出なのか、白いドレスの女性とのコントラスが見る人をドッキリさせる色彩だ。画面からは、
何やら胡散臭い香りが漂ってくる。
それとは逆に、単純化されたグラフィック・パターンが面白い『怠情』、市松や格子柄など、日本の浮世絵
版画に登場する柄をよく研究したようなベッドカバーの上にうつ伏せの裸婦。薄っぺらな猫は、まるで存在感
はないが、白い肌の裸婦と敷物の黒白柄が、緊張感のあるコントラストを醸し出している。恐らく、義父の
画廊で、当時話題になっていた浮世絵版画を多く見ていたのだろう。この絵画展にも、彼の所蔵していた
浮世絵版画が4点参考出品されていたが、19世紀末にパリで開催された大々的な浮世絵版画展で話題を
博したジャポニズムの影響を、他の多くの芸術家同様、彼も刺激的に受けていたのだろう。
私的には、今回の回顧展の中で、この版画シリーズが一番面白かったが、ご一緒した絵友のHIさんは、
やや白が混じったような油彩画面の緑色やブルーに感心し、また、白いベールをかぶったような裸婦の肌色
にも興味を示していた。最近の美術展には興味を持てる催しがなく、久し振りの絵画鑑賞だったが、少規模
でも個性的な美術館が、単独作家の作品をコレクションとして所蔵し、世界の美術館と提携して他では見ら
れない企画展を開催してくれるのは、大いに歓迎したいと思う。
真夏の、謎めいた作品群を覗き見した絵画展だった。
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