2012年3月24日土曜日

半音づつ、下がったり上がったりするコードはニュアンスが豊かだ(コードその2)


MCで、客席とのやり取りも楽しい(エル・リンコン・デ・サムにて '10秋)Photo by Charley
コード(和音)のことをもう少し書いてみる。以下紹介する内容は、ボサノヴァ・ギタリストにとってはごく初歩的なことだし、ギターの演奏テクニックをお教えするわけでもないし、コードをよく知らない方にとってはなんだかよくわからん瑣末なことであるので、あくまでギター演奏を基本とした私的な雑感であることをお断りしておく。
アメリカン音楽のフォークソングやカントリー / ブルース等は、基本的に3コード(トニック・メジャー / サブ・ドミナンテ / ドミナンテ・7th...例えば、C / F / G7、あるいはマイナー系、Am / Dm / E7)で出来ている曲が多いが、ジャズやラテン・ミュージック、ボサノヴァ等はテンション・コードが基本で、より複雑な音色の表現が可能だ。
ボサノヴァ(サンバやショーロなどのブラジル音楽も含めて)ギターは、それを4声(左手4本の指で弦を押さえ、右手4本の指で弾いて)で表現するのだが、同じコードでも①開放弦を使う場合、②ミディアムポジションの場合(3~7フレット辺り)、③ハイポジションの場合(8~12フレット辺り)でも弾けるし、弦の組み合わせでも、6本の弦のうち、①6 - 4 / 3 / 2、②5 - 4 / 3 / 2、③5 - 3 / 2 / 1、④4 - 3 / 2 / 1、など様々な弾き方で和音を出すことが出来る。
誤解を恐れずに言ってみれば、歌い方や演奏の仕方による表現を別にして、テンション・コードの成り立ちは感性的にシンプルなものからより複雑なものになっている。アメリカン・ポップスの曲はより大衆的な市場を意識したわかりやすいコードで作られているし、その大きな影響のもとで日本で作られてきた青春のポップスも、若い人たちが歌いやすく乗りやすいコードで作られている。しかし、より年を重ねて人生経が験豊かになり、酸いも甘いも、悲しみや苦しみも色々と知ってくると、ジャズやボサノヴァの奥行きのある複雑な和音が何故か心にしっくりと響いてくるのだ。
子供のころや若い頃に、ただ苦いと思っていただけの食べ物の味、例えば春采のふきのとうやこごみ・ワラビなどの゛えぐ味゛、実山椒や擦りわさびのツンとくる辛味、秋刀魚の腸の苦味、黒酢で和えた紅白ナマスの酸味などが、季節の味として、酒の肴として、とても美味しく感じられるのは年を重ねたことの特権だろう。もちろん、若い方でも様々な体験をして早くからそういう好みを持っている方もいるだろうが。
CMaj(ド・ミ・ソ)のテンション・コードでは、C6(ド・ミ・ソ+ラ)ーadd9th(ド・ミ・ソ+レ)ーCMaj7(ド・ミ・ソ+シ)ーMaj9(Maj7+レ)ーC69(ド・ミ・ソ+ラとレ)ーCaug(ド・ミ・ソ+#ソ)...となるが、マイナーでもセブンスでも、同様なバリエーションが展開される。複雑なコードはより不協和音に近付いていく。Maj9 のように、ド・ミ・ソにシとレが入るような不協和音は、POPSではありえない。
その曲調(メロディとリズム)と曲想(込められた思い)の観点から言うと、単純でわかりやすいものから複雑で難しいものへ、明るく楽しいものから暗く哀しいものへ、安らかで喜びに満ちたものから不安で寂しさが漂うものへ、こころ弾むものから意気消沈するものへ...感情のウェイト・バランスは、コードが位置するチャートによって揺れ動くのだ。それを、メロディラインに乗せて、1小節ごと、あるいは1小節に2つのコードを入れていく場合には、滑らかなつながりが大切であると同時に、敢えて変化を感じさせることも時には必要になる。そして、メロディラインを繋ぐ「間」のコード(多くはセブンス系)で豊かなニュアンスを感じさせることが可能になる。例えば、[ 713 → b13 ]、[ 79 →7b9 ]、また、[ 7sus4 → 7 ]、[ 7 → dim7 ] 等のように。

私がアレンジした『Manha de Carnaval(カーニヴァルの朝)』を例として話してみるが、イントロの
[ Am ー AmM7 ー Am6 ー AmM7 ] は、Amのコードのまま [ ミーファーソbーファ] とメロディを弾いている。゛半音づつ上がってまた下がるくり返し゛は、物語の始まりを予感させるプロローグの役割だ。
この「行きつ戻りつ型」のコード進行はボサノヴァにはよく見られるコード進行で、例えばショーロの名曲
『Carinhoso(愛あふれて)』(João Barro / Pixinguinha)の歌い出し部でもそうだし、

♪ Meu coração não sei porque ~♪   [ A ー Aaug ー A6 ー Aaug ]   ミーファーbソーファ

昭和歌謡の名曲『黄昏のビギン』(永六輔 / 中村八大)の歌い出し部も同じ感じのコード進行だ。

♪ 雨に濡れてた たそがれの街 ~♪   [ CMaj ー C6 ー CMaj7 ー C6 ]   ソーラーシーラ

『カーニバルの朝』の曲構成(メロディラインの流れ)は、大まかに言って8小節ごとに【 起ー承ー転ー結 】のストーリーになっている。Aメロ11・12小節の、<♪ ~Cantand só teus olhos ♪ >に繋ぐコードは、起 → 承 の橋渡しで、静かな哀しいマイナーから明るさが溢れるメジャーな調子に変わるが、その部分は、

[ CMaj7 ー Cadd9 ー Em7b5 ー A7] と上がりながら、7th でつなぎ曲調を変えている(私の場合)。
Dm9に繋ぐこの部分の「上がり型」コード進行を、他のアレンジで見てみると、
[ CMaj7 ー  〃  ー  Em7b5 ー A7b13 ](中村善郎)
[ CMaj9 ー    〃  ー C#dim ー   〃  ] (Bossa Nova Song Book ・大久保はるか / 加々美 淳)
[ CMaj  ー 〃   ー A7 ー  〃  ] (The Handbook of JAZZ STANDARD ・伊藤伸吾)
大きな違いではないが、人によってコードの選び方は違ってくるし、曲調も微妙に変わる。ジャズ・ナンバーとなったボサノヴァ曲は、より単純化されたコードになっていることが多いのも通例だ。


逆に、Bメロ27・28小節(転 → 結への転換部)は、半音づつ下がってくる「下がり型」コードで、この落ちていく感じは、物語を終結へと導く黒子(歌舞伎や文楽の舞台に登場する)の役割を演じている。

[ Dm ー DmM7 ー Dm7 ー Dm6] (私の場合) レーbレードーシ
[ Dm ー DmM7 ー Dm7 ー DmM7 ] (中村善郎) ラー#ソーソー#ソ
[ Dm ー DmM7 ー Dm7 ー Dm6 ] (Bossa Nova Song Book ・大久保はるか / 加々美 淳)
[ Dm ー   〃 - Dm7  ー 〃 ] (The Handbook of JAZZ STANDARD ・伊藤伸吾)

この曲は、エンディングのメロディのくり返し < ♪ ラシドーレドシ ~ ~ ♪> で、オルフェとユリディスの二人が愛し合った夜の後、幸せな朝を迎える喜びで終わるのだが、曲調はマイナーをベースとしてメジャーとの「行ったり来たり」、メロディラインの起伏:「降りたり昇ったり」も変化に富んでいるし、メロディの起・承・転・結をつなぐコードのニュアンスも様々に作れる。ギターは、ルート音を5弦か6弦でベースのリズムを刻み、コードは上の例のようにメロディを弾きながら和音を奏でるので、全体に和音の解像度(密度)が高い。緻密で微妙なニュアンスを伝えながら、全体として豊かな音表現が可能だと思う。実は、私もそこに魅かれてギターを奏でているのですよ。
(この項続く)

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