2012年3月30日金曜日

コードとリズムによって、ボサノヴァのグルーブ:゛横揺れ感゛は創られる(コードその3)

ジョイント・コンサートをした佐藤真規さんとのツーショット('11春Alcafeにて)Photo by Sato
前回お話したボサノヴァ曲の゛コードの上がり下がり゛は、他の曲でも随所に組み込まれているもので、枚挙に暇がないが(なんか古典的な言い方!)、例えば次の曲など。
『Sábado Em Copacabana・コパカバーナの土曜日』(Drival Caimmi / Carlos Guinle)サビ部分
 □                                                                                                             ( シーbシーラー ラ)
♪ Un Só lugar para se amar   Copacabana ♪ [ Am7 -Am7/G -F#m7b5 -B7b5   Em9 -E7b9 -Dm9 -G13]
『Wave』(Vou Te Contar)のAメロ:この曲はAメロ12小節、Bメロ8小節、A'メロ12小節という珍しい構成だが、終わり部4小節へのつなぎ部分、                                        □                   (bレードーシーbシ)
♪ Coisas que só coração   pode entender ♪ [ D7b9 - GM7 - Gm6    F#713 - F#7b13 -B9 -B7b9   ]
最近の私のギター演奏は、同じ曲でもその日の気分や来ていただいているお客さんにより、コードが少しづつ替わるようになっている。少し明るめに行こうかな、とか、7th も違うパターンで行ってみよう、とか、出来る様になった。師匠の中村善郎がレッスンの時に、「コードはその日によって替わる」というのを聞いて、「ヘェ~、そんなもんかなぁ」と思ったことがあったが、いまは納得している。

『カーニヴァルの朝』等を例に、ボサノヴァ特有のコード進行のタイプ:「行きつ戻りつ型」、「上がり型」、「下がり型」の話をしたが、このメロディラインとコードの流れが揺らぎとなり、もうひとつの大きな要素:「リズム」と一緒になって、ボサノヴァやサンバ特有の゛横揺れ感゛ー GROOVY(グループ感)を創りだす。
歌い手も演奏者も、自らの声や楽器を使ってメロディや和音に込めたメッセージを発信し、音による会話をミュージシャン同志が相互に試みるとともに、それを聴くリスナーたちとも音の会話をしている。「今日は゛乗り゛がいいね」という場合、その曲の歌詞やメロディの響きと和音に心地よく魅せられるとともに、リズムが身体を揺り動かし、リズム乗って音の流れ中を運ばれていくような快感を覚える。
ジャズの場合は、それを゛Swing ー スウィングする゛という。4ビートやシャッフルのリズム感は、軽快で踊るような高揚感があるし、クールで切れが良い。4ビートの[ ズ] も、シャッフルの[ チャー チャッ チャー チャッ] も、インパクト(強弱)は1小節4拍の頭1/4にあり、ジャズ・ミュージシャン達はこの頭の1/4でリズムを合わせる。ドラムやベースの叩き出すリズムに乗って、他のピアノやギター・サックスなども演奏されるスタイルだ。
ボサノヴァの場合、リズムは基本的に2/4(4/4に直されているものも多いが)、2拍子の2拍にインパクト V があり、シンコペーション(後ズレ)している。そして多く曲のメロディが、アンティシペーション(先行)するので、歌や伴奏も同様になる。1小節の1/8拍(16分音符ひとつ、4/4の場合は8分音符ひとつ)が先に出て、次の小節の音符にまたがっているのだ。当然、コードも1/8拍先に演奏され、次の小節にまたがる。これがボサノヴァ特有の躍動感やスピード感を生む。所謂゛前乗り゛だ。しかし、リズム強弱のポイントはやはり2拍目にあり、アンティシペーションされた頭のルート音はさほど強くない。
サンバになるとそれがもっと顕著になる。アフリカにルーツを持ち移民(あるいは奴隷)が多く住み暮らしたバイーアの地からブラジルに拡がったこのアフロ・ブラジリアン・サウンドは、強烈な異文化の香りを漂わす。Samba-1の[ ウチャーチャ ウンチャ チャーチャー ウチャーチャ] も、Samba-2の[ ウーチャーチャ  チャーチャー ウチャーチャ] も、インパクトは1小節の頭2/8拍目と2小節の1/8拍目にある。しかも、メロディとコードは2小節と3小節で1/8拍先行するから、リズムの躍動感とスピード感はさらに増す。リオのカーニヴァルの歌と踊り、そしてスルドやタンバリンの、大地から沸き起こってくるような強烈なリズムを思い起こしていただければ、それを理解してもらえると思う。
ジャズのリズムが「均一」で「アタマ・カッチン」(頭が固い、と言う意味でなく、頭で合わせる、という意味ー誤解なきように!)であるのに対し、ボサノヴァやサンバのリズムは、「山あり谷あり」だったり、「跳ねたり畝ったりしている」。しかも、インパクトは頭ではなく、ずれた後ろにある。ジャズのリズムの形は、「パチンコ玉」のようにスマートだが、ボサノヴァやサンバは、1小節と2小節が左右対称の「蝶の羽」のような形だ。このリズムが繰り返されて揺れが出てくる。あるいは、丸い紐をひねった「エンドレスの8の字」形とも言える。『ワァン、ツウゥー / ワァン、ツウゥー』と、身体全体が左右に揺れるような「横揺れ感」と、リズムの宇宙の中で永遠に漂うような酩酊感が、<GROOVY>だと私は思っている。
ジャズとボサノヴァはよく一緒にされるが、基本的には違うものだ。このことを書き出すときりがないので、ポイントを絞って話すが、日本に入ってきたボサノヴァ曲の多くが、アメリカン・ジャズのナンバーとなったものだ。楽譜に載せられたメロディもコードも、アメリカの音楽家と出版社によって作られたものだった。アメリカンナイズされたボサノヴァが゛ボサノヴァ゛だと思われてきたこと、それは、戦後の日本文化の形成が戦勝国アメリカの大きな影響の下でなされたことにも起因する。その頃、地球の反対側に位置するブラジル文化の日本への紹介はほとんどなされなかったから、オリジナルのボサノヴァに対する理解が少なかったのは、致し方ないことかもしれない。

メロディラインのアンティシペーションは、頭で合わせやすいように直され、コードは単純化され、ブラジル本国のボサノヴァをより大衆受けする形に調整されている。歌詞の英語版も、オリジナルのポルトガル語内容を解かりやすくしたため、原語の歌詞のニュアンスは充分に表現されていない場合がある。片や、アメリカでヒットした外国の曲ベスト4は、ボサノヴァの「イパネマの娘」、P.マッカートニーの「イエスタデイ」、シャンソンの「枯葉」、そしてラテンの「ベサメ・ムーチョ」だと言われているから、ボサノヴァを世界に広めたアメリカ人の功績もまた大きいのは事実だ。

ジャズをスタンダードとする人達からすると、オリジナルのボサノヴァは「裏のリズム」だとか、「頭が何処なのかつかめない」とか、戸惑いの声を聞くことがあるけれど、ブラジル音楽から見れば、これは彼らの固有の文化であり、固有のスタンダードであると思う。このことを理解すれば、音楽を共有することは可能だ。世界には様々な民族がいて、それぞれ固有の文化を形成しながら生きていることを受け入れればいいのだ。4ビートの゛アタマカッチン゛のリズムでなく、2/4拍子の2小節を単位に、[ チキキ チキキ / チキキ スタタン] あるいは、[ ストト ストト / ストスト ストトン] のように、8ビートで細かく刻みながら、左右に [ ワァン ウゥ /  ワァン ウゥ ] と揺れるような気持ちでリズムを取ればいい。そうすると不思議に合ってくる。

ボサノヴァ(サンバ等を含む)の多彩なコード進行と、後ずれしたり先行したりする変化に富んだリズムが、音の波に揺り動かされるような゛GROOVY゛感を生むことを述べたが、ボサノヴァとジャズは相容れないか? というと、そんなことはない。名盤『ゲッツ / ジルベルト』を聴くと、ジャズ・サックス・プレイヤーのスタン・ゲッツとボサノヴァ・ヴォーカルandギタリストのジョアン・ジルベルト、そして作曲者にしてピアニストのトム・ジョビン、ドラマーのミルトン・バナナが、見事にJAZZ-BOSSAの音世界を展開してくれているではないか。私は、3人の素晴らしい歌と演奏を引き出したミルトン・バナナの功績がとても大きかったと思っている。ドラムを叩かないで、8ビートを基本とした゛細かく刻むようなドラミング゛が、ジャズのクールな切れのよさと、ボサノヴァの゛横揺れ感゛を上手く引き出して彼らの演奏をアシストしていると思う。SWING とGROOVY を融合させた、素敵なハーモニーが創られているのだ。

古くてまた新しい課題だが、それを起点にしながら、私もまた自分の音楽表現を追及していきたいと思っている。(この項終わり)

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