第4回 Françoise Hardy「Comment Te Dire Adieu」その2. フレンチ・ボッサ前夜



 1960年日本公開の「黒いオルフェ」映画ポスター、長野駅前の洋画専門映画館でこの映画を見た。当時私は13歳の中学生、強烈なサンバのリズムと主題曲の美しいメロディに強い感動を覚えた記憶がある。

https://youtu.be/ulv_raXJwNs?list=PLlly4jftLwpEmxy2Ar07ZDfm0PvxUuj-1

映画「黒いオルフェ」のテーマ曲「カーニヴァルの朝」を弾き語りするルイス・ボンファの動画、映画公開後の1963にリリースされたCDより。上のタイトルを指定右クリックして視聴してください。


1950年代終わりから1960年代にかけて、フランスにおける「ボサノヴァ・ムーブメント」を、少々概観してみたい。アルディ仏語版に少なからず影響を与えたと思われるので。


何と言ってもまずは映画「黒いオルフェ」(Orfeu Negro/Black Orfeus)だ。1959年フランス・ブラジル・イタリアの合作で、マルセル・カミユ(Marcel Camus)監督作品。ブラジルのカーニヴァルを舞台にした男女の恋愛悲劇で、原作者ヴィニシウス・ジ・モライス(Vinicius de Moraes)の舞台劇「オルフェ・ダ・コンセイサゥン」(1956年・ギリシャ悲劇に案を取った戯曲)を映画化したものだ。

撮影はブラジル・リオデジャネイロで行われたが、完成作品を見た原作者モライスは、「これは私の作品ではない!」と不満を漏らしたと言う。しかし、その年のカンヌ国際映画祭ではパルムドール、アカデミー映画祭では外国映画賞を受賞している。その評価もあって、興行的には世界的なヒットとなった。

圧倒的なサンバのリズムに彩られたリオのカーニヴァルが舞台となっているが、特筆すべきは、この映画のテーマ音楽だ。トム・ジョビン(Antonio Carlos Jobim)がサウンド・トラック全体を担当すると共に、劇中歌「A Felicidage」(Tom Jobim et Vinicius de Moraes)を作成し、ルイス・ボンファ(Luiz Bonfa et Antonio Maria)は、主題歌「Manhã de Carnaval」(カーニヴァルの朝)とラストシーンの「Samba de Orfeu」を作成し、ここにギタリストのジョアン・ジルベルトも加わって、ブラジル・ボッサノヴァの主要ミュージシャン達4人が、曲作りと歌と演奏や編曲も担当したのだ。この3曲は、現在もボサノヴァの」スタンダード曲として、世界中の人々に愛される名曲となっている。


‎Black Orpheus - ヒーリング・サウンドのアルバム - Apple Music

上のタイトルをクリックすると、ソングリストが表示され各曲の視聴が出来ます。


1959年サウンド・トラック盤(2021年に復刻CD化)で発売されたこの名盤のソングリストをみると、なんと、“ボサノヴァ Bossa Nova”を創り出した主要ミュージシャン達の総出演ではないか! ブラジルのミュージシャン達がいかにこの映画に協力したかが良く判る。


この映画が公開された年(1959年)は、ブラジル音楽界でも”Bossa nova(新しい傾向)”と呼ばれる新しい音楽が誕生し、中産階級の若者たちを虜にしていた。「Chega de Saudage」(邦題:想いあふれて)は、作詞:ヴィニシウス、作曲:トムジョビン、ギター弾き語り:ジョアン・ジルベルト(João Gilberto)のコンビが世に送り出した名曲だ。

歌詞とメロディもさることながら、ジョアンのギター奏法は「バチーダ」と呼ばれる今までにない画期的な演奏法だった。アコースティック・ギターの5弦あるいは6弦をベースのようにルート音として刻み、他の1~4弦の中の3本を指で押さえてコード(和音)で奏でるものだ。このコードは”テンション・コード(Tension Chord)”と呼ばれるボサノヴァ・ギター独特のもので、後年アメリカのジャズメン達にも大きな影響を与えることになった。また、ボサノヴァギター特有の”シンコペーション”するリズム(1/8拍前や後ろにずれる)は、独特の”Groove”感=高揚感のある”ノリ”を生み出す奏法として知られている。

基本コード(主要3和音)に1音加える. . .  例えば、ド/C・ミ/E・ソ/Gに シー/Bを加えるとCM7、ラ/Aを足してCM6、レ/Dを足してCadd9th、ソ#/G#を足してCaug. . .というように。テンションコードにより、奥行きのある複雑な和音を奏でられるようになり、曲想の拡がりや微妙なニュアンスの表現も可能となった。この奏法を編み出すために彼は「ひたすらバスルームにこもり、音の響きを確かめながら、1日中パジャマで過ごしていた」という有名な逸話を残している。



1959年6月発売の「Chega de Saudade」(Bluebell Record)、ジョアンの歌唱も抑揚を抑えたきれいなポルトガル語で、今までの高らかに歌い上げる”サンバ・カンソン”とは違う新鮮な印象を与えた。シンコペーションするボサノヴァのリズムとテンション・コードの歯切れの良い和音が心地よい響きだ。

このギター奏法と歌い方は、フランスの演奏家や歌手たちに大きな影響を与えた。高らかに歌い上げたり(E.ピアフのような)、またシャウトするロックンローラー(ジョニー・アリディのような)とも違い、話すように明瞭な言葉で歌う唱法は、あまり声量のないフランソワーズ・アルディにも、大きなヒントとなったに違いない。

https://youtu.be/Y0a0QuLEC8A?list=PLrTEF7NitrqBkmz9pZvW2O6TFgWea2KLe

上のタイトルを指定右クリックすると動画が見られます。


「黒いオルフェ」のカンヌ映画祭金賞受賞を契機に、また、ブラジルで誕生した新しい音楽「BOSSA NOVA」が世界に広がり始め、ブラジルのミュージシャン達とフランスの映画人・ミュージシャン達との交流がフランスで進んだのは大いに考えられることだ。


〈 この項続く 〉


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