2012年9月13日木曜日

ミニ画集・『フェルメールの眼』


小さな油彩(23.2x18.1cm)作品「赤い帽子の娘」、こちらをじっと見つめる眼と半開きの濡れた赤い唇は何を語るのか? 「フェルメールの眼」(講談社)より。
絵友HIさんからお借りした小さな画集が、とても面白い。赤瀬川源平の解説による、[新装版]赤瀬川源平が読み解く全作品・フェルメールの眼(講談社刊)、というタイトルのアート本だ。いわゆる、絵画展の図録や、画家の生涯や作品の解説書とははなはだ趣きを異にする、作家の感性と視点から見た、フェルメール全作品の読み解き(見解き?)本だ。こういう類の本は、とても珍しい。赤瀬川源平自身も、画家として活躍し、作家・路上観察家・中古カメラ愛好家などの多彩な顔を持つ前衛芸術家なので、彼の感性のアンテナにかかった作品コメントにとても刺激された。
詳しいことを紹介するのをここでは避けるが、興味ある人はこの本を手にしてぜひフェルメールの絵をよく見て欲しいと思う。私が惹かれたのは、「フェルメールはカメラのできる前の゛写真家゛である。」という冒頭の一説と、こちらを見つめる目、2人の交差する眼、窓越しに眺める眼、レース編みに夢中な眼...など、彼の作品特有の生きた(生活している)人間の目線だ。
私自身も彼の作品は、「牛乳を注ぐ女」と「真珠の耳飾の少女」の2点しか現物の絵では見たことがない。だいたい、生涯に30数点しか作品を残さなかった極めて寡作の画家だから、現物の作品を見る機会はかなり限られている。しかし、赤瀬川源平のこの本では、36作品を見られるのだから、それだけでも価値があると思う。
フェルメールの絵に特徴的な光学的構図は、彼の眼(レンズ)が何処にピントをあわせているのかを何時も思い起こさせる。そのための部屋のカーテン(手前)や壁の世界地図(後方)、机(真ん中)や明かりの差し込む窓(左側)、真ん中か右側で半身に光を浴びる主人公(たち)の姿、...など遠近法による周到に計算された配置が、奥行きのある絵画空間に完成されている。まるで、写真スタジオにセットと照明を準備して、主人公を撮影したようなリアリズムの完成度だ。しかし、描かれている人物のポーズや表情、特に視線と唇の動きは、とても人間臭い。あの17世紀の時代に、肖像画や人物画にしても、これだけ人間の内面に迫り、もの言う眼を描いた画家は他にないだろう。しかもそれが、ほとんど何気ない日常のシーンを捕らえたものだから、フェルメールの凄さを改めて確かめることができた。
私の大好きなジョージア・オキーフについては、このブログで「ジョージア・オキーフとサンタフェ」(ブログの2008/7/13)、サンタフェへの旅行とジョージア・オキーフ美術館を紹介したが、もし、フェルメールの作品を集めた美術館がオランダにあれば、是非行ってみたいのだが..。世界の美術館や収集家の手元にバラバラで納まってしまった彼の作品をまとめてみることは、ほとんど不可能だろうなぁ。

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