2015年12月15日火曜日

2015 ISU フィギュアスケート グランプリ・ファイナル戦を見終えて(その1)



グランプリ・ファイナル戦男子シングルの表彰台は、羽生結弦(金・中央)とハビエル・フェルナンデス(銀・左)と宇野昌磨
(銅・右)の3人。羽生の驚異的な高得点(SP110,95/FS219,48計330,43)は、異次元のスコアと話題になった。
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前回のブログ(11/15 「グランプリ・シリーズ後半戦とファイナル戦を予測する」)で、ファイナル戦の男女シングルの出場者

を予測してみたが、男子6人は日本勢3人(羽生結弦・宇野昌磨・村上大介)とH・フェルナンデス(スペ)、パトリック・

チャン(カ)、金博洋(中)となり、アメリカ勢の2人(ジェソン・ブラウンとマックス・アーロン)とロシア勢2人(マキシム・コフトンと

セルゲイ・ボロノフ)は出場できなかった。私の予測になかった2人の内、金博洋は、ジュニア戦で宇野昌磨と争ってきた

実力者、村上大介は健闘してファイナル戦出場を勝ち取った。しかし、ベテラン復帰者と中堅実力組と若手台頭組ががっぷり

4つで熾烈な戦いを繰り広げるという構図はズバリ実現したので、ハイレベルな戦いを堪能することが出来た




心・技・体が全て揃った完璧な演技、というものをこれからも見られるのだろうか? 330,43という超高得点の
羽生結弦の演技は、これからもフィギュアスケートの歴史の中で語り続けられるだろう。


「磨き上げたプログラム」を見せてもらった気がする。羽生結弦のSPはショパンのピアノ曲『バラード第一番』がテーマ曲、

冒頭の4回転サルコウ・ジャンプを見事に決め、その後の4回転+3回転のトゥループとトリプル・アクセルもきれいに決めた。

テーマ世界に乗った流れるような演技の中でのジャンプ、ステップもスピンも、何一つ滞ることなく、滑らかで力強く

そして美しかった。FSのテーマ曲は、映画『陰陽師』の『SEIMEI』、彼は陰陽師になり切って全てのジャンプをミス無く、

高く・ダイナミックに飛んだ。4回転はサルコウとトゥループ2種だが、3回転はフリップ・ループ・ルッツ・3アクスルの4種を

完璧に決め、コンビネーションも鮮やかだった。今シーズンのGPSを戦う中で、ブライアン・オーサーコーチとともに演技を

磨き上げてきたが、ファイナル戦でここまでの高得点を獲得するとは、コーチの彼も予測しなかっただろう。キスandクライ

でのコーチの驚きの表情と、羽生本人の溢れる涙がとても印象に残った。一つ一つの技を最高レベルにまで高める練習と、

そのための肉体の酷使に耐えること、そして己に打ち勝ち己を超えようとする精神力、その『心・技・体』が一体となった

最高のパフォーマンスを観客に見せられる様努力する姿は、アスリートとしての鑑だ。私自身は、礼節正しく強靭な心と

肉体を持った『サムライ』を彼の中に見た。今時の若い日本人でも、素晴らしい人間がいることを改めて知らしめてくれた。

おじさんたちも、まったくオチオチしていられないよ、と感じさせてくれた気がする。




日本のファンだけでなく、国境を越えた世界のファンたちが彼の演技に酔いしれた。
いや~まったくすごい日本人の若者がいるもんだ!


羽生選手の試合後のインタビューを聞いても、彼には常に自分を支えてくれるファンや関係者に対する感謝の言葉がある。

それと同時に、自分の演技を完成させようとする強い意欲と、さらなる芸の高みを目指しての目標を表現する。有言実行で

自分を追い込んで克己努力する姿勢は清々しささえ感じられるのだ。恐らく、キスand クライでの溢れ出た涙は、自分の

目指した高みを達成できたことの感涙だったと思う。ファイナル戦のNHK杯で出した初めての300点越え(322,40点)を

見たTV解説者の2人(織田信成と鈴木明子)が、その瞬間に「開いた口がふさがらず」、しばらくポカンとしていた映像の

記憶も新しいが、フィギュアスケートは300点という今までにない異次元の世界に突入してしまった。競技から引退した

高橋大輔も、「もう(競技には)帰れない!」と嘆いたものだ。彼は恐らく、コーチのブライアンとともに総てのジャンプ(6種類)

の4回転に今後挑んでくるだろう。エキシビジョンでトライした4回転ループはその皮きりだと思う。そして、FSのテーマ世界

陰陽師は、日本古代に存在した神の領域と人間界を繋ぐ呪術師あるいは祭祀師であり、厳しい修行によって陰陽道を極め、

神の領域に届かんとする陰陽師の姿は、「フィギュア道」を探求してさらなる高みに近づこうとする羽生選手の姿と、重ね

合わされたイメージを感じたのは、決して私だけではなかったと思う。その意味で、あのプログラムは彼のパーフォマンスの

中でも秀逸だった。



地元スペインのファンを沸かせたH・フェルナンデス、ほぼノーミスの素晴らしい演技ながら、
羽生の高得点にやや影が薄れてしまった。


今シーズンのGPS戦で2勝しているのは彼だけだ(中国杯とロステレコム杯)。昨シーズンの世界選手権優勝者は、素晴ら

しい演技で観客を沸せた。SP(テーマ曲:ラ・マラゲーニヤ)はフラメンコ、FS(テーマ曲:野郎どもと女たち)はジャズアレンジ、

彼の表現力は多彩で活き活きしている。ジャンプの安定性、スピン・ステップの滑らかな滑り、彼の演技の正確さと洗練性を

誰もが評価するだろう。FSの得点は201,43、彼の初めての200点越えも羽生の高得点の前にかすんでしまったが、彼も

超一流のスケーターであることを誰もが認めている。FSの演技を終え、宇野昌磨とともに表彰台を待つ彼が、羽生の信じ

られないような高得点を目にして、「参りましたぁ~!」とひれ伏した仕草はとても印象的で面白かった。今後も、彼と羽生の

戦いは見物だし、同じコーチ(B.オーサー)の元よきライバルとしてしのぎを削っていくと思う。





今回のダークホースは宇野昌磨、ジュニアからシニアに転戦した初シーズンで表彰台に立つ快挙だった。


宇野昌磨の何が良かったかと言えば、やはり思い切りの良さと身体の柔らかさだと思う。小柄な体躯(身長159㎝)ながら、

スピードに乗った滑走と、キレの良い身ごなし、身体全体を大きく使った演技は、観客に躍動感を与えてくれる。FS(テーマ曲

はあのトゥーランドット)のジャンプはノーミス、4回転のトゥループとコンビネーションを見事に決め、ルッツ・ループ・サルコウ・

アクスルの3回転もすべてきれいに飛んだ。「恐るべし17歳スケーター! 」とTV解説者にも言わしめたのだ。ファイナル戦を

転戦するうちに、顔つきも勝負師の顔に引き締まってきた。今後も、トップスケーターたちを脅かす存在として、活躍が期待

される。

私自身も予想していなかった金博洋(中国18歳)が、ファイナル戦6人の中に入ってきた。ジュニア戦で宇野昌磨とライ

バル同士として競い合ってきた選手と聞くが、果敢に4回転に挑戦する姿は見物だった。回転スピードも速く、今時若手選手

の実力を改めて確認することとなった。羽生結弦のジャンプの凄さは、高度と回転軸のブレのなさだが、加えてシャンブに

入る前の演技だ。ブリッジや軽いステップの後、流れるようなジャンプが入ってくる。その繋がりの滑らかさと、飛んだ後の

姿勢・身体の動きが実に美しいのだ。金博洋の場合、「これから飛びますよー」の待機時間が長い。精神を集中しミスの

無いようにタイミングを計っているのだろうが、これは他の多くの選手にも見られることだ。羽生選手のレベルに達するには、

まだまだジャンプ演技を磨く必要を感じるが、彼も演技を磨いてトップスケーターの仲間入りを目指してほしい。フィギュア

スケートも男子はすでに4回転ジャンプ時代に入ってしまった感があるが、高度な演技を楽しめる機会が増えることは大いに

歓迎したい。

パトリック・チャン(カ)は、1年間の休養を経て試合に復帰し、SPでの演技失敗を取り返すべくFSでは高得点(192,84)

を出して気を吐いた。ジャンプもノーミス、「最高のステップ」と評されたステップも健在だった。しかし、羽生結弦の一つ次元が

違う演技を見てしまった我々からすると、チャン自身の演技がやや重たるく感じられたのは私だけではないだろうと思う。

若手選手の台頭と、高度な演技に磨きをかける中堅実力選手たちの前では、いかに前五輪金メダリスト・前世界選手権者と

言えども、太刀打ちが困難な状況が見えているように感じるのだ。ベテランの復帰(女子の浅田真央もしかり)は、話題と

してはよろしいけれども、現実はかなり厳しいことも解ってきたのだ。村上大介のファイナル戦初進出は6位に終わった

けれど、FSでYoshikiの『Anniversary』に乗っての滑走は、日本のアーチストの曲表現にチャレンジした新しい可能性を

提示してくれて良かったと思う。

<この項つづく>

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