2016年6月4日土曜日

鬼無里・白馬 新緑紀行<その1.鬼無里は魚無里だった>



新緑の色も鮮やかな山間の底をうねるように流れる裾花川源流、ただ今回は「豊かな清流」には程遠く、
水量が少なく川は痩せていた。All Photo by TAKA & HI


G.Wには混雑と渋滞を嫌って遠出しなかったので、梅雨が来る前にちょっと出かけてみようと思い、故郷信州の山間部

鬼無里と白馬方面に行ってみた(5月30日)。目的の一つは、それまで封印していた渓流(川)釣りを2012年秋以来再開し、

地元の多摩川でも時折楽しんでいるのだが、それを故郷の裾花川源流に足を延ばしてやってみようということ。もう一つは、

高原の新緑の時期に、澄んだ空気に触れてオゾンをたっぷり吸ってこよう、というものだった。同行してくれたHIさんは、

新しい景色と画題を求めてのスケッチ旅行を兼ねていた。




奥裾花ダムにかかるアーチ形の鉄橋と、水位が大分下がったダム湖。周りの山々の新緑はきれいだったが、
湖は緑の藻が湧いて酸素不足の様子だった。


出かける前の準備は色々と楽しかった。川に中に立ち込むためのウェーダー(防水の股上まである長靴)をネットで探して

みたら、昔(30年以上前)と較べて随分と軽くて履きやすいものが見つかったこと。また、釣り具や仕掛けなどの小物を入れ

られるメッシュ・ベストや、釣り道具や靴を入れられる大きなトートバッグも入手して、期待は高まった。便利だった

のは、電子国土Web」の地理院の地図で、現地の詳細な地図を前もって見ることが出来、それをコピーして、駐車可能

個所川筋と山間の地形をチェックできたことだった。それに加えて、Google地図では道路からの画像が見られるので、

裾花川にかかる橋から眺めは参考になった。また、インターネットのブログで、裾花川源流の釣行レポートや、水質状況

(平成22年度)の調査レポートなども見ることができた。そう言う点では、昔と比べると格段に多い情報を得ることができた

ので、「世の中ほんとに便利になったね!」と言わざるを得なかった。




いざ見参 ! 裾花川のイワナよ、出てこいや~ !



東京は新宿から大宮までJR電車で向かい、大宮から長野まで新幹線あさまで1時間20分、昼前には長野駅のトレンタくん

レンタカーに乗り替え鬼無里に向かった。途中、市内外れのコンビニで入漁券2日分を買い、曲がりくねった山道を約1時間

登って行った。川筋やポイント(釣りに好適な場所)を探りながら、奥裾花ダム上流の源流域(からき沢合流点近く)に到着。

昼飯は電車の中で済ませていたので、早速ウェーダーに履き替え、釣り具を用意して川に降りようとしていたら、上流の道

から一台のワゴン車が同じ駐車スペースに入ってきた。腰までのウェーダーを履いたお兄ちゃんとしばし情報交換をしてみた。

彼によると、ルアー釣りだが先週もまあまあ釣れた(?)、とのこと。お互いにポイントの上流と下流に分かれて釣ることにした。

スケッチをしてみるというHIさんを車近く残して川原に入って見ると、最近入ったらしき釣り人の足跡が幾つか残されていた。

川の水量は少なく、私の記憶に残る豊かな水量の裾花川源流とは落差があった。川底の白い砂とラグビーボール大の石々、

巨岩が点在する中を流れる透き通ったエメラルド・グリーン色の水...現実には、緑や茶色の苔が川石にこびりつき、減水し

頼りなく流れる緑がかった川水があった。試しに川底の掌大の石を幾つかひっくり返してみると、黒川虫や川虫(源流域の

イワナが常食するウスバカゲロウなどの幼虫)の姿はなく、これではイワナも住みつけないだろう、と暗然たる思いだった。

気を取り直して、持参したブドウ虫の幼虫を針掛けしここぞというポイントに振り込んで餌を流してみたが、当たりは皆無だった。





牛平地区の橋のたもとに残る民家(廃屋だった)の庭先に顕然と咲き誇る野生化したクレマチス、高原の気候の
せいか(海抜750m)実に見事な咲きっぷりだった。「本来、こういう気候があっているのよね~ !」(HIさん談)


その日の午後と翌朝、奥裾花ダム下流の川浦地区・牛平地区、西京下流の七つ室・松原地区の川に入って釣りをしてみた。

渓相はなかなか良いのだが、如何せん水が少なすぎる。川底には藻が蔓延り酸素不足だ。川虫もほとんど見られなかった。

仕掛けを毛鉤に変えて川面に流してみた。毛鉤釣りはイワナやヤマメ、そしてウグイやアユなどにも有効な仕掛けで、水面を

流れる疑似餌に朝夕の間詰め時は腹をすかせた魚がアタックしてくる。しかし、餌の当たり(軽い捕食行動)さえなく、まったく

の<ぼうず>だった。釣り用語で<おでこ>ともいうが、<頭に毛が一本もない>=<ぼうず頭>、従がって釣果ゼロで一匹も

釣れないことを<ぼうず>と言うのだ。私が渓流釣りに凝っていた頃は、時折この川の源流に入り次から次に餌の川虫にアタック

してくるイワナを針にかけて楽しんだものだが、すっかりと様相を変えてしまった川にため息が出た。私が渓流釣りの竿を

収めた頃(30代終わり)、関東各地の渓流は治水対策と称する公共事業で石垣やコンクリートの堤防工事がどんどん進められ、

自然の景観がどんどん無くなり、川は箱川と化していた。レジャーでの釣り人は増加し、生息する魚は激減した。地元の漁協は

対策として釣り人から入漁料をとり、稚魚や成魚を放流することで何とか魚の生息を保とうとしたが、解禁日などはさながら

釣り堀状況で、普段は放流の生き残りしか居ない状況となった。



鬼無里の川沿いのあちこちで見られたニセアカシア(北米原産、和名はハリエンジュ:針槐)の白い花、
新緑の丸豆葉とともに芳香を放ちながら風に揺れていた。



記憶に残る裾花川の清流を求めて、古稀になる前のひと区切りと思い鬼無里の山奥までやってきたが、果たして現実は暗澹

たる思いだった。宿の案内係の中年男性の話によると、昔と比べて(20年ほど前)イワナなどの魚は激減してしまった、との

こと。雪も少なくなったし、夏は暑いし、魚にとっても益々住みづらい環境になっているらしい。今回の釣行を計画しながら、

現状は、昔と比べたら相当厳しい環境になっているのではないか、という予想が半分以上あったが、やはりそうだった。別に

釣れた魚を持ち帰って食べるつもりもない。釣れたらその場で放流し、清流とそこに生息する川魚の姿が見られればそれでいい、

思って来たが、魚からの挨拶すらなかったことにやや気落ちしてしまった。梅雨時後や大雨後に水量が増えれば、川も幾分

きれいになり、イワナも餌を捕食に深場から出てくるかもしれないが、山紫水明・風光明媚で豊かな渓流景色は、過去の私の

記憶の中にしか存在しないこととなった。「魚さんの気配すらなかったわね。ここは鬼無里だけでなく、魚もいない゛魚無里

(ぎょなさ)゛かもね!」という一言に、「ハ ハ ハァ~」と私は力なく笑うのみだった。





宿泊した「鬼無里の湯」の夕食は「鬼無里会席」と名打った和食で、次から次へとメニューが出てきてどれもこれも
美味しかった。中でも、舞茸・タラの芽・ミズの天ぷらは格別だった。


<この項つづく>

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