2019年8月30日金曜日

MY和竿を巡る渓流釣りの記憶(その1.70年代の熱中)




「俊行作 山女魚竿4.5m 7本繋 250g 」石突は白象牙製、替え穂はついていない。胴調子は先調子だが、しなやかで
粘りが強い。大物釣りにも十分耐えうる。使い始めた当初は、竿の癖直し(特に一番穂)に毎年シーズンオフになると
「火入れ」のためにお店に預け、竿師に手入れしてもらった。なかなか費用と手間もかかるので、やや調子の硬い
「竿かづ」を使うことが増えた。



「俊行作」の角銘は、使い込んでやや薄れてはいるが。



7月一杯続いた長い梅雨の後、いきなり猛暑日がやって来て連日汗だくになった8月の日々も、台風一過の後朝晩の気

温が下がって来た。ようやくエアコンなしでも夜間眠れるようになり、ほっと一息。禁漁までの秋の短い釣りシーズ

の準備をしながら、竿や釣り道具の手入れをしていたら、「あの人は今どうしている?」ではないけれども、気にな

ることが出て来た。一度封印していた渓流釣りの封印を解いて、近所の多摩川や信州白馬の姫川などでオイカワや

山女魚・イワナに出会える楽しさをまた満喫しているが、再び使い始めた竹製和竿(江戸和竿とも呼ばれるが)の「俊行作

(としゆきさく)」や「竿かづ」などの銘品(ブランド)や竿職人たちのその後はどうなっているのかを知りたくなった。


というのも、私自身が渓流釣りに嵌まっていたのは年齢が30代の前・後半で、昭和50年代前半から60年代前半

(1970年代後半から1980年代前半)にかけての7年間ほどだった。現在からすると40年程度前の話だ。当時経営し

ていた会社も順調に推移していたので、趣味のあれこれに精を出し、とりわけ渓流釣りにのめり込んでいたのだ

った。当時京橋に在った「つるや釣具店」(我々渓流釣り仲間の間では「銀座つるや」の呼び名で親しまれていた

高級志向の釣具店)に足しげく通い、色々釣談議をしながら竿や釣り道具を買い求めるのが楽しみだった。竿職人が

作る和竿のみならず、スウェーデンABU社の発売元やイギリスHARDY社の代理店を営むなど、海外の先進的釣り

(ルアーやフライフィッシング)を紹介するパイオニア的なお店だった。


当時の店長さんに相談に乗ってもらいながら、「俊行作」の山女魚竿4.5や「竿かづ」の山女魚竿4.5 / 3.9 を手に入

れた時はとても嬉しかったのを覚えている。その他にも、ルアー用に「喜楽」の渓流用のパックロッドや、テンカ

ラ用につるや特製「毛鉤硅竹」の竿に加え、毛鉤作成キット・毛鉤材料も揃えた。竹編魚籠や桐製餌箱・竹編餌箱

などなど、よくもまあ色々と手に入れたもんだ! と今では苦笑するが、当時は勢いが止まらなかったのだろう。私は

伝統工芸品のコレクターではないので、それらの竿や道具は実際に渓流に出かけては使いこなしていた。このお店

は、1986年に台東区寿に移転し、現在はフライフィッシング専門店として営業されている。


1970年代当時、「Made in USA カタログ』人気からひろがった「アウトドア・スポーツ」の流行により、釣りも「ゲー

ム・フィッシング」や「キャッチ アンド リリース」などのコンセプトが良く知られるようになり、釣り=食材の確保、

という古来の価値観とは別の価値観が若者たちを魅了した。本栖湖での大物トラウト釣りが話題を集めていたし、

開高健の「フィッシュオン」の出版が1971年(朝日新聞社・秋元啓一の写真入り)だったし、そのような先進的な

釣りを紹介するシンボル的存在が、千駄ヶ谷・鳩森守神社近くにあったルアー アンド フライの「釣彦」だった。ここ

にも時々通ったが、一番の理由はその店の対面にある理容室が私の通い店だったことによる。「ABU」のリールと

「フェンウィック」のロッドは、この店で手に入れた。オーナーは元海軍軍人で、物静かだったが丁寧に応対して

くれたのを覚えている。現在このお店はすでに閉店され、跡地には5階建てのマンションと1F別店舗があるのみだ。







竹編魚籠(要所を皮で補強してあった)もつるや釣具店で入手した。腰下げ型を自分で改良して肩掛けストラップを後ろ
側に縫い付け、前面に釣用具の小物入れ(マジックテープとホックで脱着可能に)、内側上部には二つのエサ入れ(真ん中は
魚入れ用の空きスペースあり)を組み込んだ(これも脱着可能)。材料はホームセンターで北米産スブルース材を入手して
加工した。なかなか使い勝手が良かった。



2012年9月に故郷の裾花川で、凡そ28年間の封印を解いて渓流釣りを再開した経緯についてはこのブログ(「故郷の

川で、魚に遊んでもらった母の7回忌」2012.9.30)ですでに述べた。また、押入れの奥にしまい込んでいた「俊行作」

の和竿をひっぱりだしてきて、再び渓流への釣りに携行した経緯についても、このブログで触れている(「2017年

中津川渓流釣り・惨敗記その2」2017.9.15)ので、興味のある方は参照願いたい。しかし、再び手にした「俊行作」

の竿で、その年の姫川では8寸の源流イワナ(日光系)と、銀化した尺ヤマメを釣り上げることが出来たのは驚きでも

あり、また和竿の素晴らしさを再認識する機会ともなった。40年以上も前に(1977年秋だったように思う)、つるや

釣具店で初めて手に入れた山女魚竿が、今だに十分使えるどころか、魚信を伝える当たりと掛けた時のバネの効いた

確かなしなりは、グラス竿では決して味わえない極上の釣り心地だと感じている。あと何年・何回を、澄んだ水辺

と川音のせせらぎの中で時を過ごせるのか? 工芸品としてしまい込まずに、使い続けて竿としての使命を全うさせた

いと思っている。


<この項つづく


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