2009年2月14日土曜日

『歌に恋して』 評伝岩谷時子物語



単行本を買うことなどほとんどないのだが、立て続けに二冊の本を手に入れてしまった。音友のPINHO氏に紹介されて、トム・ジョビンの評伝『三月の水』を書店に注文に行ったとき、たまたま書棚で見つけて、岩谷時子の評伝『歌に恋して』をとっさに買ってしまった。

シンガー・ソング・ライター達の詩と曲を別にして、私の好きな作詞家を挙げてみれば、岩谷時子・阿久悠・荒木とよひさだが、岩谷時子の゛愛の歌゛には心惹かれる作詩や訳詩がたくさんある。越路吹雪の唄う「サントワマミー(S.アダモ)」・「恋心(E.マシアス)」・「愛の賛歌(E.ピアフ)」・ラストダンスは私に(ドリフターズ)」、ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」や「ウナセラディ東京」も彼女の作詞。

若大将加山雄三とは「旅人よ」・「夜空の星」・「君といつまでも」・「時を超えて」、いずみたくとは「恋の季節(ピンキーとキラーズ)」・「いいじゃないの幸せならば(相良直美)」・「夜明けのうた(岸洋子)」・「ベッドで煙草を吸わないで(沢たまき)」など。他にも、吉田正と「おまえに(フランク永井)」、筒美京平と「男の子女の子(郷ひろみ)」、土田啓四郎と「ほんきかしら(島倉千代子)」etc...キラ星のようなヒット曲が彼女の作詞による。

また、日本のミュージカルの歴史は岩谷時子と共にあった、と言っても過言ではなく宝塚歌劇団のレビューの訳詞を手始めに、「レ・ミゼラブル」・「ミス・サイゴン」など多くのミュージカルも彼女の訳による。

この本では、作者の田家秀樹氏が、彼女と歌手・作曲家たちとの創作活動を、時代の動向と合わせて年代順に伝えているので、興味深いエピソードもたくさん紹介されている。゛あの曲゛の誕生秘話のようなものがうかがえて面白い。その中には私の愛唱曲もいくつかあるが、

  ゛銀色にかがやく 熱い砂の上で 裸で恋をしよう 人魚のように゛ (恋のバカンス)

これにはほんとにドッキリ、女でなければ書けないことばだよねー! 男にはちと恥ずかしくて書けない。

  ゛時はゆくとも いのち果てるまで 君よ夢をこころに 若き旅人よ゛ (旅人よ)
いいよねー! ロマンがありますよ! 男のロマンね。
 
  ゛夜明けのコーヒーふたりで飲もうと あの人は言った 恋の季節よ~゛ (恋の季節)

こういうシチュエーションをわかりやすい言葉でサラリ、とはなかなか言えないものです! 

彼女自身の著書『越路吹雪メモリアル・夢の中に君がいる』のなかでは、越路がブラジル音楽祭に出演した折(1954年)、リオの海岸でフランス人の若手俳優に口説かれて、゛明日、朝早く二人でコーヒーを飲もう゛と言われたそうな。夜も更けたのでいったんホテルに戻り、翌日出発のため大量の荷物を作り終えてふと外を見ると朝の光が海岸に輝きはじめていた。゛そう言えば、フランス人から朝のコーヒーを誘われていたっけ、日本の女が嘘をついては沽券にかかわる!゛ と、眠い目をこすりつつ彼の部屋をノックしたら、ドアを開けた彼の目は真赤だった。一睡もせずに彼女を待っていたのだ。そこで初めて越路は気がついた。 ゛夜明けのコーヒーを飲もうと言うのは、フランスでは一夜を共にしようということだったのね!゛

数年後、この話を「恋の季節」で使った彼女に対し、越路は「時子さんは恋泥棒だ。私の恋を見ては歌を作る」と言ったそうな。取材やインタビューを通じて、そんな面白いエピソードを集めて書いた田家氏 にとても楽しませてもらった。゛あの歌゛が流行った頃の自分を思い起こせるのも、もうひとつの楽しみかも知れない。


                  □上:本のブックカバーと 下:本の帯、懐かしいジャケットがたくさん
心の襞からことばの糸を紡ぐように、また皮膚や身体の感覚をことばで表しながら、彼女は選び抜かれた美しい日本語で゛愛の詩゛を作り続けた。人を愛するというのはどういうことなのか、それを言葉で伝えるのというのはどういうことなのか。そのことばが美しいメロディと一緒になって未だに多くの人に歌い継がれ、私達のこころの琴線に触れてくる。90歳を越えて今は都心のホテルにひとり暮らしていると言う彼女にインタビューした作者は、彼女の印象を次のように綴っている。
「清楚で控えめ、そして匂い立つ様な華のある柔らかな物腰。そんな彼女のたたずまいは、初対面であった筆者にとって思いがけないものだった。言葉の端に滲む知性と品性、それでいて適度にユーモラス。笑顔のあどけなさは、年齢を超えていた。」

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