第3回 Salvatore Adamo「Sans Toi Ma Mie」その2. P.A. の時代、アナログからデジタルへ
バックバンドを従え、歌手15周年記念コンサートを祝うアダモ(Téâtre des Champs-Èlysées 1980) Getty Image
フランスのシャンソン(歌謡曲)も、1960年前後を境に大きく変わったと言えよう。以前の古いシャンソン(Chanson Traditionnelle)は、3拍子のワルツのリズムで歌手が歌い、伴奏楽器はアコーデオン・ピアノ・バイオリンなどが主だった。歌い・演奏される場所も、劇場やキャバレー(ディナーとお酒を楽しみながら)など、中・小規模のスぺースだった。つまり、肉声や生演奏の音が届く範囲での公演が多かった。
もちろん、弦楽器アンサンブルや金管楽器・ドラムなども時には入るが、あくまで聴衆の前で歌う歌手が主役の時代だった。昔懐かしい3拍子のシャンソン、というイメージは多くの人々に定着している。
ドイツ・ドレスデンのライブ会場で音合わせするアダモ、手にするのはエレ・アコ(Electric Acoustic Guitar )だ。Getty Image
この様相が一変したのは、エレキギターとバック・バンドによる賑やかな(!)演奏だった。
この項その1.で述べたように、世界的なポピュラー・ミュージックの拡がりの影響を受けて、ヨーロッパのミュージシャン達は、自身で作詞・作曲し、楽器も自身で弾きながら歌う「シンガー・ソングライター」が圧倒的に増えるに至った。その音楽性・メッセージ性を若者たちは熱烈に歓迎したのだ。
キーワードは、「P.A.」すなわち「Public Adress」である。その意味は①公衆演説または②音響装置あるいはそれを操作する技師、の事だ。『音響機材(マイク・ミキサー・アンプ・スピーカーなど)を使用して、ライブやイベント会場で、アーチストの歌声や楽器音を調整し、観客に最適な音質・音量で届ける ”音響システム”』(Google AIによる説明)のことだ。
ちなみに、このシステムは1900年代前半のアメリカ大統領の公衆に対する演説でも使用されているが、有名なのはナチス・ドイツの大統領 "ヒットラー" の演説だ。広い演説会場の周りを幾つもの巨大なスピーカーで囲み、巨大音量と激しい身振りでドイツ民族の優秀性を訴え、聴衆を熱狂の渦に巻き込んでいった、あの演説だ。
「Sans Toi Ma Mie」の楽器編成を聴いてわかるのは、8ビートのリズム ”ボレロ”を刻んでいるのはドラムとエレキギターであり、ピアノとWood Baseも入っている。ほとんどジャズ・バンドの編成なのだ。マシアスの「Solenzara」は、ラテンの "ビギン"のリズム、アダモの "ボレロ"のリズムと言い、ラテン音楽の世界的な流行の影響を見て取れる。アルゼンチン・タンゴや、トリオ・ロス・パンチョスの「ある恋の物語」「ビギン・ザビギン」などの曲を思い出す方も多いだろう。
このP.A.システムによって、この時代から大規模な音楽コンサートが可能になった。小さなライブハウスから大きなコンサート・ホールまで、昨今では巨大なドーム球場からアリーナまで、聴衆に最適な音質と音量でパーフォマンスを届けられる音響システムは、1960年代から始まったのだ。
言ってみれば、それ以前は肉声や生演奏の「アナログ」の時代、その後は電気(電子)楽器と音響シスエムを駆使した「デジタル」の時代、エレキギターとP.A.システムは、かくも時代の変革を成し遂げたと言えるだろう。
〈 この項続く 〉




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