2016年2月21日日曜日

『古稀が来る前に』(その2):詩集紫陽花・同人会 2016・中篇



『同人誌集 紫陽花 復刻選集』(2016年2月20日・限定10部発行)の目次、同人メンバー15人の
29作品が収録された。


昨年の11月、私の手元には『詩集 紫陽花』の既刊14冊が残されていた。第2号(1966年7月1日発行)から、第15号

(1969年9月18日発行)までだ。創刊号は、残念ながら手元にはない。なぜなら、私の同人誌への参加は第2号からだった

から。大学時代の度々の引っ越しや、卒業後も各地を引っ越ししたにもかかわらず、奇跡的に所持品の布袋の中に残され

ていたものだ。実際の所、主だったメンバーに連絡を取り始めてみると、誰一人として詩集を残している人はおらず、ましてや

「え~っ、そんなものあったったっけ!?」と、存在すら忘れている人もいた。50年近く時が流れていれば、大方そんなものかも

知れない。特に第8号は実験詩集で、自分の好みの曲や効果音をBGMにして自己詩を朗読・録音した前衛的な詩集(当時

では)だった。手元詩集の録音テープが不十分だった(半面を知人が勝手に楽器演奏の練習に使ってしまった!!)ので、完全

版を探して復刻しようと目論んでいた私にとっては、会の先行きが思いやられる結果だった。

しかし、今を置いては復刻選集を刊行する機会は他にないだろう、との思いで作業を始めた。14冊の詩集を読み直し、同人

各位の詩の中から、主要メンバー達(6人)は各3編・他メンバー達は1~2編を選び、当時のガリ版詩集の雰囲気を残すため、

各ページを画像でスキャンしてページに組み込んだ。詩集の表紙はリーダーだったEB君の木版画手刷りで、一色づつ版を

替えて多色刷りするのを皆で手伝った。ページの合間に挟むカットは私の担当で、ちょっと抽象画っぽい絵をその都度鉄筆で

描いた。本文は、各自が鉄筆でガリ版紙(蝋紙)を切り、自分の詩を自刻した。放課後の教室で、手分けして印刷し製本した

作業を今も懐かしく思い出す。フランス語やフランス文学の出版書籍は、当時洋書版といって各ページをペーパーナイフで

切って本を読んだ。それに習って、P.ナイフで切りながらページを読むスタイルにした(B6版本文B4四つ折り)。約50部程作り、

仏文の同級生や友達たちに1冊200円で販売した記憶がある。そして、詩集が出来上がると、四ツ谷駅近くの喫茶店にメン

バー達が集まり、朗読と批評会をした。お互いの詩の意味を問いあったり、感想を言い会ったりして、そんなやり取りをしな

がら文筆活動(みたいなこと!)をしていることが何故か楽しかった。ホントにいい時代だった。

1968年10月3日に第12号を刊行した後、キャンパスは学園紛争とバリケード封鎖が起こり、警官隊導入を経て大学は

約半年の休学となってしまった。詩集同人の中にも留置されたメンバーが出て、翌年の4月に大学の授業は再開されたが、

詩集紫陽花も第13号(6月12日)・14号(9月7日)と発行されたものの、かつての熱気は去り、15号(9月18日)の刊行を

もって最終号となった。創刊号(1966年5月)から約3年半の創作活動だった。








MRさんの詩『断想』、みずみずしい感性が溢れていた。カットはTAKA作


今回制作した復刻選集は、本文26ページ(1c藍色)・表紙2ページ(カラー)、B5版縦書き2段組みのホッヂキス製本の

ものだ。本文・表紙の画像の画質調整・印刷・製本は全て゛タカ印刷工房゛によるもの(手持ちのカラーコピー機使用)、

編集・レイアウト・ブックデザインもすべてやらせていただいた。大変だったけれど、各メンバーの詩を読み直し、当時を思い

起こしながらの作業は楽しくもあった。また、第8号の実験詩集の録音テープ(片面約10分)は、当時のオープンリール方式

によるテープだったので、大阪の専門工場に送り、テープからCDに復刻してもらった(費用4,000円ほど)。同人会当日は、

美味しい料理とお酒をいただきながら、この復刻選集を読み、また、持ち込んだデスクPCで復刻CDを聞きながらの会と

なった。寛いだ雰囲気の中で、同時代のひと時を一緒に過ごした仲間たちといろいろ話せたことは、ほんとに楽しかった。

<この項つづく>

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