2016年2月23日火曜日

『古稀が来る前に』(その2):詩集紫陽花・同人会 2016・後篇




TAKA作の詩『アプサンス』、言葉とイメージ(画像)を融合させたフランス詩人・アポリネールの作風に刺激を受けて創った
画像詩(Poème Imaginaire)だった。「どこへいっちまったのやら おいらのこころ しわくちゃの空には 澱がべったり
青空なんてあるもんかい 粉々に砕けて 風が運んで行ったさ ああ absence absence  愛より遠く放たれたもの 」
の詩文が、風に飛ばされる「NON?」という文字風に描かれている。



当日の司会進行は私が担当し、持参した既刊詩集を皆に見てもらってから、復刻なった『同人誌集 紫陽花 復刻選集』を

各自に配った。ページをめくりながら、かつての同人たちの詩作品1編づつを読み上げていった。リーダーだったEB君の詩

『さびしさ』(初期作品)は、ロマンチックな詩情が溢れる作品で私は好感を持っていた。その後彼は言葉を自動的に連ねる

「オートマチック詩」長編や、社会性を鮮明にした抗戦詩などに傾斜していったのだが、50年近い時が経っても、自分の

心情を赴くままに素直に表現した言葉は、人を惹きつけることを改めて感じたのだった。この会のため、久し振りに彼と

電話で話したら、「最近、消化器系の病気で手術してようやく回復したので、参加するよ!」と元気に答えてくれた。だが、確認の

電話を開催2週間前に入れたら電話に出た奥さんが、「うちの主人骨を折っちゃったんですよぉ。酔っぱらって階段から落ちて、

複雑骨折ですぅ。今入院していて車椅子ですっ。リハビリもしなくちゃいけないんですぅ...」。ヤレヤレだ。新宿にある物品

販売の店を息子に任せて、時々手伝う位だからちょっと余裕も出た、と言っていたのにね。残念だったけれど仕方がない。

年を重ねることは、何時何があってもおかしくないことだからね...

続いて、冒頭に掲げた私の詩『アプサンス』を読んだ。「タカはこんな面白いことやってたのぉ?」とか、「あの頃、ボードレール

とか、サルトルとか、訳のわからないフランス文学に夢中になってる奴がいたねぇ!」とか、私自身も「今から見ても実験的な

創作意欲があったんだねぇ!」とか、皆の会話が弾んだ。私は現在、地元の高齢者や障害者をケアする地域サービスに時折

従事しながら、趣味の音楽活動や季節の花巡りと写真撮影などに精を出し、料理を作ったりPCのブログ作成や音楽動画の

YouTube投稿などを楽しんでいるが、オリジナル・ソングの作詞・作曲のルーツを改めて確認した思いで懐かしかった。

次に、KT君の詩『無題』を読みながら、「シャッター」や「ピントを合わせる」など、後年写真家としてヨーロッパで活躍する

彼の才能の片鱗をうかがわせるフレーズがあるのを見出したのだった。私が30代の中頃、アートシーンの視察でミラノと

パリに1週間づつ滞在したことがあり、その当時年上のスイス人女性作家と結婚してスイスのヴェヴェ(レマン湖の畔の町)

にいる彼を訪ねたことを思いだした。モントルーに移り住んだという彼のアドレスに、同人会の案内を送った封書は、宛先不明で

戻って来た。今頃どうしているのか? 元気でいてくれたらいいのだが...





紫陽花第10号(1968.4.13発行)の『春』(KSさん)に載せたカット(TAKA作)


創刊号当時から最終号まで、ほぼ毎回詩作を載せていたTO君の詩を次に読んだ。『支点』という作品にはこんな表現が

あった。「ぼくはつまらぬ笑いしか できなくなってしまった 月明かりの橋の上で一人 タヌキ踊りを踊り 片足で跳びまわって

おもいっきり笑ってみたい ~ 」... <TOは結構ひょうきんなことを書いたんだ!>、続いて、<腹の中から胃袋を取り出して

ぐるぐると回してみたら ~ なんて何を考えていたんだよぉ!>など声が飛び交い、あっけらかんと明るい彼の性格をまた

見直すこととなった。長年葬祭業の大手会社に勤め、定年退職後は俳句作りと書道を楽しみ、最近は地元マンション自治会

の役員を引き受けてやたら忙しくなってしまった、と言うが、大した病気もせずに元気でいるのは心強い限りだ。 

そして、女性メンバーの中心的存在だったKSさんの『明日は』を読んだ。彼女の詩は女性にしか描けない生理的で艶めかしい

表現が常にあったので、我々は何時もドキっとさせられていた。「~ 川のない橋 緑のかげり はびこるおおばこの根  と、

 瀕死のうまごやし 明日は電気鎌の定期便がある日 」... 当時私は、自分では到底思いつかないこの表現に衝撃を受けた

ことを思い出したが、皆も改めて「ウ~ンっ」と唸ってしまった。100歳を越えた父君の介護だろうか、この春はとても時間

が取れないと言ってこの会を欠席したが、テニスと太極拳(会の会長をしているとのこと)を続けながらお元気でいることと

思う...


『午睡の後で』を載せたMHさんと、『波』を載せたNKさんは、ともに一級下のクラスからの参加だったが、これら詩編を一度

発表しただけで、卒業後も交信が途絶え、現在は消息不明なのだ。

<この項終章につづく>

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