2019年3月16日土曜日

池波正太郎『真田太平記』を、全編通して読み返した(その2)




朝日新聞社版『真田太平記』全16巻(昭和49年刊) 装画風間完、表紙画像は第15巻「落城」より。鬼神のごとく
奮戦し徳川家康本陣を襲い、討ち死にした真田信繁(幸村)の雄姿を描いている。二度の上田合戦と、冬・夏の陣にて、
徳川軍を退け窮地に追い込んだ真田勢とりわけ幸村の戦いぶりは、「日の本一の武将」の名声を後世に残した。



池波正太郎と信州上田を中心とする歴史家・郷土史家との交流により、長編歴史小説『真田太平記』が誕生したこと

を記念して、池波氏死後の平成10年に「池波正太郎真田太平記館」が上田城址近くの市内一角に建設された。私は

開館から少し経った平成12年にここを訪れ、池波正太郎の書斎を再現したゆかりの品々や、真田氏関連の歴史資料

を見たことがあったが、ギャラリーで見た風間完の挿画に興味を魅かれ、歴史資料はさっと見ただけだった。その

後で、上田電鉄別所線に乗って別所温泉に行き、「幸村ゆかりの湯」と称される共同浴場に入って旅気分を味わった

のを思い出した。

『真田太平記』は、池波氏の真田関連著作の集大成であり、これに先んじて『真田騒動』(恩田木工の藩財政立て直し

物語)や『騒乱』(晩年の藩主真田信之と藩取り潰しを計る幕府の暗闘を描く)など、多くの゛真田もの゛を執筆出版

していたことは、多数の方の知るところだ。今回、改めてこの館のHPを訪ねてみると、随分と資料が充実している

のが解った。とりわけ「真田ロマン」のコーナーには「真田氏資料集」が古文書や書簡・地図などの多岐にわたって

揃っており、武田氏滅亡・信長・秀吉・家康の天下取りに翻弄されながらも、信州小県の領国を守り、必死に生き

びようとした真田一族の悪戦苦闘の歴史と、江戸時代に松代に移封され明治まで生き永らえた真田家の関連資料を

することが出来る。ここには、先に述べた『真田家御事蹟稿』のみならず、信州に点在し残っている名家や資料収

家の貴重な古文書を画像で見ることが出来る。凡例には、昭和58年に上田市立博物館で開催された「上田築城400年

記念 真田資料展」の展示解説図録による、と案内されていた。



「池波正太郎真田太平記館図録」(昭和12年上田市発行)より。



さて、色々と寄り道が長くなったが、この物語には幾つかのテーマがあって、真田一族の長・昌幸(武田氏に仕えた

父幸隆を継いで真田氏を興し、北条・徳川・上杉氏ら周辺大名と時には敵対し時には手を結び乱世を生き延びようと

する)、弟信繁-幸村(昌幸の武略を引きつぎながら、豊臣氏に忠誠を尽くして徳川軍と戦い討ち死にする)、兄信之

(乱世を収めるのは徳川家康と信じ、徳川臣下として真田家を明治維新まで生き延びさせた)、この真田一族の物語

が第一のテーマであるのは言うまでもない。もちろん、奥方の山手殿・小松殿・側室お徳らの女性陣との関係も面

白く描かれている。ここに、天下取りを目指す各大名(武田勝頼・織田信長・豊臣秀吉・徳川家康達)の動向が加わり、

第二のテーマとして映画のモンタージュ手法のように第一のテーマに絡んでくるのだ。それらは、その動きに伴い、

加藤清正や福島正則等・諸国大名の盛衰も絡んでくるという、重層的な物語構成が展開する。

もう一つのテーマは、表の動きに連動し陰に流れる第三のテーマだ。それは「草の者」と呼ばれる真田一族の情報

(諜報)活動を支える忍者部隊の活躍であり、棟梁の壺谷又五郎・女忍びお江・佐助などの活躍はハラハラと胸躍る

魅力に溢れている。家康が全国に張り巡らした甲賀忍び等の諜報網との戦いも、重要な歴史ファクターとして克明に

描かれているのだ。明治末期から大正時代にかけて流行した読み講談「立川文庫」(たつかわぶんこ)では、『真田

十勇士』・「猿飛佐助」・「知謀真田幸村」などの文庫本が人気を呼んだが、史実と言うよりは講談の面白さで

脚色された物語だった。私も小学生の頃、面白くて読み漁った記憶がある。これらのテーマが、地理状況を彷彿と

させる映画の俯瞰図の様に、また登場人物の舞台セリフの様に、池波正太郎の語り口で簡潔で歯切れよくストーリー

展開されるのは、第一級のエンタテイメントとして読者をとらえて離さない。昼に夜に、本に向かって過ごす時間

は、至福の時であった。



風間完『真田太平記』オリジナル彩色挿画「上田攻め」週刊朝日67~77回、池波正太郎真田太平記館図録より


物語は、天生十年(1582年)織田・徳川連合軍に包囲された甲斐の国高遠城から、長柄足軽向井佐平治(後の佐助の父)

を助け出す壺谷又五郎とお江(草の者)のシーンに始まり、元和八年(1622年)移封先の松代に向かい行軍する真田信之

を、見送るお江と住吉慶春(絵師)のシーンで終わる40年間の長編小説だ。作者の入念な資料調査と、登場人物のキャ

ラクターを創りだす豊饒な想像力と、読者を飽きさせない語り部としての巧みさが一体となった渾身の力作だと思う。

加えて、馴染みある故郷信州の懐かしい風景を呼び起こしてくれる文章表現と、そこを舞台に活躍した鮮明な人物像

は、二つとして同じ個性がないほどに描き分けられ、はっきりとした輪郭を持っているのが何よりの魅力だろう。




▢ 同「別れゆくとき」週刊朝日連載第449回 松代に移封される真田信之を見送る民たち 
 池波正太郎真田太平記館図録より


<この項終わり>


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