2019年10月18日金曜日

調布・狛江の水路逆流と二子玉川の無堤防越水(台風19号多摩川氾濫その1.調布市多摩川)




京王帝都電鉄相模原線の架橋東側の堤防には、多摩川堤通りのコンクリート壁(堤防底上げ部)の1m下まで、多摩川
の濁流が押し寄せた痕跡が沢山の草木ゴミと共に残されていた。歩行者通路で開かれた部分では、越水があった
と思われる(10/17 多摩川5丁目)。All Photo by Jovial TAKA



10月12日~13日に静岡に上陸し、関東・甲信越・北陸・東北地区を縦断し、猛烈な暴風雨によって各地に甚大な

被害をもたらした台風19号で被災された方達に、まずお見舞いを申し上げたい。前代未聞の未曽有の災害が発生し、

未だに把握されていない新たな被害が次々と出てくるのには驚くとともに心が痛む。大雨による河川氾濫で、堤防

の決壊・欠損・越水などのため、またバックウォーターや内水氾濫のために、家屋・建物や駐車場とともに田や畑

が浸水を受け、被災地ではライフライン(電気・ガス・水道など)にも甚大な被害が出ている。日常生活を取り戻す

にはまだまだ時間がかかるだろうが、焦らずに一歩一歩後片付けや復興を行っていかれることを願うばかりだ。


今回、私の住む狛江市でも、台風上陸日(10/12)の午後4時頃、携帯電話に緊急災害情報が入り、多摩川が氾濫危険

水位に達したので避難してくださいとの指示が、隣りの調布市から発令された(正確時間は避難指示がすべて解除され、

調布市HPから削除されているので確認できないが)。地域は多摩川沿いの低地区域である石原・多摩川・染地の町々。

調布市のハザードマップでは、多摩川決壊時の浸水規模が3m~5mに達する危険地域だ(1階軒下から2階部分まで浸

水する)。そのすぐ後で狛江市からの避難指示が発令された。やはり地域は多摩川沿いの西和泉・中和泉・元和泉・

東和泉・猪方の町々、狛江市のハザードマップによると、調布市と同様に3m~5mの浸水危険地域だ。地域広報のス

ピーカーは、最寄りの避難所を挙げて速やかな避難を促しいてた。



多摩川7丁目の堤防から下流狛江方面を見ると、河川敷を覆い尽くし堤防壁(コンクリート厚さ30㎝程)の1m下まで
迫った濁流の様子が、残された草木ゴミの痕跡でわかる。もう2~3時間大雨が降り続いたら、完全に堤防を越水し
下の住宅地や運動場が浸水され、膨大な量の泥水に覆われたに違いない(10/15)。


12日の午後10時頃に止んだ雨のおかげで、多摩川の濁流は急速に減水したようだ。堤防の上に残された草木ゴミ
だけが、それを物語っている。




狛江市のハザードマップについては、このブログでも東京都・防災ガイドブックと共に触れており(2015.10.5)、こ

の地区の地震時の建物倒壊危険度と多摩川氾濫時の浸水危険度をつぶさに確認していた。今でこそ多摩川の堤防が

整備され、大雨による急激な増水による堤防決壊の危険度はかなり低いのだが、多摩川は゛暴れ川゛の異名通り

過去に大規模な水害を度々起こしている。そのため、現在の蛇行する流れの両岸には、沼地や調整池・遊水地など

が沢山あって、河川氾濫に備えていたのだった。しかし近年、両岸に7m前後の高い堤防が治水工事で直線的に整備

されるのに従って、かつての蛇行した両岸にあった調整地等は、有効利用の名のもとに河川敷の運動場や遊歩道・

住宅地や道路に生まれ変わってしまった。ここで、その歴史的、地形的検証をすることはさておいて、とにかく

ハザードマップに載せられている危険地域は、昔は低地帯だったことをしっかり把握しておくべきだ。それによっ

て自分が住み暮らしている家屋や居住環境が、どれだけの危険があるのか、避難するのは早目がいいのか、どこの

高台へ避難すればいいのかなどを日頃意識し、防災情報や訓練などにも前向きに取り組む必要があるのだ。それが

わが身と命を守る行動だからと思う。過去の経験や知識が通用しない大災害多発の時代に入ってしまった我々の今

を生き抜く術だと、心してかかる必要がある。高々ここ数十年起きていない水害を理由に、「大丈夫だろう!?」と

いう根拠のない自信や希望的観測は、この大災害多発時代には通用しないものと心得る必要がある。「おのおの方、

ぬかりなく!」である。





多摩川河川敷と川中に設置された鉄骨製水位表示塔、最高深度が9mまである。恐らく、8mを超えたら完全に越水だ。
引っかかった木の枝は何を物語るのか? 多摩川原橋東左岸(10/17)



 3本の水位表示塔の一番手前(調布寄り)には、7m弱の位置まで濁流が押し寄せたことを示す草木ゴミが引っかか
っていた。夜間の危険極まる堤防の上故、実際に見た人は防災関係者や国土交通省の河川管理者などに限られる
だろうが、恐らく震え上がったに違いない。(同10/17)



狛江市猪方では、今から45年前の昭和49年(1974年)9月1日に、台風16号の大雨増水により、多摩川の宿河原堰堤

に流れを遮られた流水が左岸の堤防を侵食し、本堤防手前の19軒の人家が水没し流された。自衛隊による数度に

わたる堰堤爆破が成功したのは4日後だった。それにより本流の流れが変わり、堤防決壊の最悪事態は避けられた。

この記憶は住民にも浸透していたので、狛江市に6か所設けられている緊急避難所には夕方から住民が集まり、その

夜の内に収容しきれなくなってしまった。私の知り合いのお宅では、避難所に入れなくなった親族が、一晩止めて

欲しいと家族ぐるみで避難してきた、と聞いた。

この避難指示を聞いた当初、私の住んでいる地域は多摩川の堤防近くの地域より5メートル以上の高台であることを

ハザードマップで把握していたので、夜間に向かってますます強まる雨風を避けるのには自宅に居るのが一番安全

と判断し、自身は部屋に留まっていた。当日夜10時頃には雨風も収まり、台風は通過していった。しかし、夜の

TVニュースや翌日朝からの報道で、世田谷・二子玉川の浸水被害が甚大であることを知った。その後、報道各社の

ニュースを見聞きするたびに、「同じ多摩川沿いの調布や狛江でなくて、何故二子玉川だったのか? 」という素朴

な疑問がわいてきた(TVニュースは伝えていないが、実際には調布、狛江も被災していたのだが)。台風通過の翌日

13日から17日までの5日間、仕事の合間を縫って、調布・多摩川原橋から世田谷・多摩川橋(第三京浜道路)の間約12

㎞を電チャリで2往復した。各所で写真を撮影し、多摩川の増水状況・堤防無しの越水状況・水門閉鎖による内水

氾濫状況を見て廻った。多摩川はすでに減水し普段の水位に近づいていたので、リアルタイムの状況ではなく、あ

くまで痕跡を探すような調査だった。半分は怖いもの見たさの野次馬、半分は防災を考えるための実地見聞、とい

うところか。あくまで、一個人の見聞ではあるが、防災を考えるよすがにしていただければ幸いである。




調布市のハザードマップ・多摩川浸水想定地域(HPより)、撮影個所は赤で示してある。確認できた水位痕跡はーーーで。
多摩川に流れ込む府中用水と、上流府中にある北多摩一号水再生センターの水門からの浸水被害については、まだ
把握できていない。書き込みはJ.TAKA。


<この項つづく>


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