2013年11月10日日曜日

「ミケランジェロ展 天才の軌跡」を見て


久し振りに上野の西洋美術博物館に出かけてみた。『システィナ礼拝堂500年祭記念・ミケランジェロ展 天才の軌跡』と謳った絵画展だ。
ミケランジェロについては、私はよく知らない。というよりは、イタリア・ルネッサンスの芸術家の中では、「春の戴冠」や「ビーナスの誕生」を描いたボッティチェッリや、「改悛するマグダラのマリア」を残したティツアーノ、「モナリザ」の天才・レオナルド・ダ・ビンチなど、より人間的な表現を追及した作家に興味があり、大理石彫刻(ダビデ像)やシスティナ礼拝堂の天井画で知られるミケランジェルについては、ローマ教会御用達作家のイメージが強く、興味があまりなかったといってもいい。
今回の展覧会は、ミケランジェロの素描や彫刻・書簡などを代々受け継いできた一族(ブオナローティ家)が財団で運営する「カーサ・ブオナローティ」との提携で実現したものだが、かなり地味な展覧会ではある。(主催はTBSと朝日新聞社)
ただ、この展覧会の無料招待券を入手した絵友のHIさんのお誘いもあったので、ただで楽しんで来てしまった。

正直言って、4つのテーマに別れた各展示室を回ってみても、書簡やシスティナ礼拝堂天井画<以下、「天井画」に省略>のための人体素描(ほとんど筋肉図)や、彫刻のための小さなトルソなどがあるだけで、よくこの内容で展覧会を開いたよね~! という感じだった(ファンの方には申し訳ないが)。「天井画」についても、写真撮影を基にした大きな印刷パネルが展示されていたが、修復なった作品の素晴らしい色合い(鮮やかなパステルカラー)を再現するには程遠く、暗くて沈んだ印刷色はちょっと無残なものだった。
私にとっては、映像コーナーで上映されていた「天井画」の修復ドキュメンタリー動画(TV番組録画)が1番の見物だった。絵画展に来て、展示作品ではなく、会場の一角で放映されていた動画がよかった、というのもおかしな話だが。数百年の間に、埃や汚れ・以前の修復で覆われた上地を、特殊な洗剤で丁寧に拭いててゆくと、16世紀始めに描かれたオリジナルの色が蘇ってきた。それは、ライトピンク・ライトブルー・ベージュ・ライトオレンジ・ライトグリーン・ホワイトなど、輝かしいパステル色というか、蛍光色というか、目にも鮮やかな衣装と人体色だった。これには、とても感激した。
後日、YouTubeを覗いてみたら、『システィナ礼拝堂・壁画修復7年の記録』の動画がその1~その8(TBS制作か?)まであったので、時間を見てゆっくり拝見しようと思っている。




















「デルフィの巫女」(左)と「リビアの巫女」(右)、ともに修復後の「天井画」(YouTube画像より)。肌の色といい衣装の鮮やかさといい素晴らしい作品だ。

ひとつの収穫としては、展示作品の案内の中に、『「天井画」の作品群はマニエリスムの表現だった』という一文を見つけたことだ。ミケランジェロは、人体解剖や筋肉・骨格の研究から、人体の筋肉素描を数多く残しているが(これは、ダ・ビンチも同じ)、その探求から得たものを、聖書に題材を取った場面構図や聖人図に結実させている。「天井画」をローマ・カトリックの総本山の要請で描いた時期は、丁度ヨーロッパ各地に宗教改革の嵐が吹き荒れた頃で、反宗教改革(カソリックの巻き返し)のために、「カソリックを信じないものは、地獄に落ちる」という警告メッセージを示さなければならない危機感が法王庁にはあった。
ミケランジェロが描いたキリストや12使徒の人物画は、皆゛マッチョマン゛だ。女性像や天使像ですら、筋肉隆々のマッチョだ。彼らは皆、彼が理想とするたくましい骨格と筋肉を持った人体図で描かれている。身体の不自然な動きも、現実の人間身体をよりり強調した、望ましい姿になっている。
この人物画の描き方は、やはり当時のスペイン王国で、カソリックの寺院祭壇画をたくさん描いたエル・グレコの人物画に共通するものがある。グレコの曲がりくねってデフォルメされた聖人図も、彼が(あるいは、当時のカソリック勢力が)イメージした理想の人体図だったのだと思う。
「マニエリスム」の両巨匠が、ともに反宗教改革のパブリシティを担った作家であったことも、新しい発見だった。
とは言え、それがミケランジェロの作家としての評価を貶めるものではないのは、言うまでもないことだ。彼の人体研究に基づく「天井画」の素晴らしさは、誰もが認めているものだと思う。ただ、それを大いに好むかどうかは、人それぞれだろう。


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