2012年6月14日木曜日

Hさんを偲ぶ会




5月に急逝されたHさんを偲んで、国分寺のライブ・ハウス クラスタにボサノヴァ仲間が集まり、歌と演奏を披露して彼の生前を語り合った(6/11)。

この夜は彼の弟さんはじめ、ボサノヴァ会常連のトモさん、タッキーとセツコさん、イマイ君とハナさん、カヨさん、タダさん、歌手の東さん、お店のお客さんなどなど、彼と親交のあった多く方たちが駆けつけられて、お店は満席となった。

彼は、我々ボサノヴァ仲間では有名人で、一時は新宿・青山・田町・横浜の中村教室の全部に席を置き、歌とギターを学びながら、仲間のライブにも繁々と通う、という幅広い交際振りだった。最近では、ライブハウスへの出演をし始め、仲間とのボサノヴァ会をプロデュースするなど、とても積極的な活動をしていた。

持病を治療しながらの幅広い活動振りと屈託のない性格は、仲間の方たちからも大いに愛され、これからの活躍が期待されていたのだが、突然の死には、誰もが驚きを隠せなかった。

在りし日のHさんの弾き語り、曲目はお気に入りの「Louco」 エル・リンコン・デ・サムにて All Phot by TAKA

この夜は、参加者がそれぞれの想いを込めて、自分の持ち歌と演奏を披露した。ボサノヴァのスタンダード、珍しいボサノヴァ、ポル語と訳詩を入り混ぜたボサノヴァ、オリジナル曲など、多彩な曲表現が飛び出した。Hさんとの交流の思い出を話す方たちの中には、涙があふれて止まらない方も居り、それでも涙を拭いて歌う姿を見て、今更ながらに仲間達から愛された彼のキャラクターを思い起こす夜だった。途中、セツコさんが録音したHさんの歌が披露されたが、その曲は彼の愛唱歌・「Louco(おろかもの)」だった。

私事ながら、私がライブ活動を始めた頃、荻窪のライブハウスに彼が聴きに来てくれたことがあった。ソロライブで10数曲歌い終えた後に彼が来て私にこういった。「私の目標はタカさんです。近い将来私もライブをやります。」と宣言したのだった。当時彼はまだポル語も充分でなく、ギターも始めたばかりだったのだが、教室では最年長(恐らく)の私がボサノヴァを弾き語りし、オリジナル曲も披露したことに、少々刺激を受けたのだと思う。もう、3年以上前のことだ。その後ボサノヴァの歌と楽器演奏(GtとPf)に精進した彼は、ライブ活動も始められ、また共演する機会も出来るかな、と思っていた矢先ではあった。

自分が愛したボサノヴァに、人生の多くの時間と労力を費やし、ボサノヴァを絆として多くの仲間達と繫がりながら、大いに楽しんであっけなくあちら側に逝ってしまったHさんは、ある意味でとても幸せな方だったと思う。ここに、私がたまたま撮影していた生前の彼の姿を紹介して、彼の冥福を祈りたいと思う。













2008年11月 田町教室発表会
荻窪アルカフェにて(左端)












2008年10月 ボサノヴァ会
原宿ONDENにて(左側)

2009年5月湘南BRISA DA BOSSA /  茅ヶ崎海岸にて(右端)












2010年11月 Bossa Festa in Setsuko
(左端)











2010年5月 Moo & Tomo Duo Live
調布猫村にて(左端)


2011年12月 青山教室発表会で踊るHさん 高津スタジオ・アンジェ(右端)

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